「美しい人」考察クロストーク

このコーナーでは、リップスティックに引き続き、ゲストをお招きして、
ドラマ「美しい人」に関して展開された考察を、保管、公開しています。
尚、今後も更なる考察を深めたいという方がいらっしゃいましたら、
その旨、どんどんBBSの方に書き込んでください。
僕の時間と体力が許す限り、お付き合いいたしますので^^;
それでは、ごゆっくりどうぞ。

初出典:当サイト内・ネタバレBBS(2000年1月16日より)
Special thanks to 花水すする(真柄佳奈子ちゃん応援掲示板2


Q1.「美しい人」で主題歌の『無造作紳士』に違和感ありませんか?

ちょっと、違う話から入りますね。
去年の秋、公開された広末主演の映画に「秘密」というのがあったのですが、
この映画の主題歌に、竹内まりやの「天使のため息」という曲が使われました。
僕は、竹内まりやを「楽器のような人」だと思っているんです。
彼女の歌声は、実に正確無比で、寸分の狂いも無く、
聴き手が、次に聴きたい音を、間違いなく提供しつづける、
何か、聴き慣れたクラシック音楽のような印象すらあるんです。
まるでストレスのない音楽、彼女は本当に歌が上手いんでしょうね。
彼女の歌声は、歌詞ではなく、意味を持たせた楽器の音、
そこから生まれる音楽は、まるでインストゥルメンタルのようで。

さて、本題に移りますと、
僕はジェーン・バーキンに関しても、竹内まりあと同じような印象を受けるんです。
もちろん、フランス語だから歌詞がわからないっていうのもありますが^^。
だから、無造作紳士という曲題、あるいは、この歌の歌詞も、
意味なんかわからなくても、あるいは、ドラマと関係なくてもいいのかもしれません。
野島伸司、あるいは、伊藤一尋Pが、「美しい人」という音楽に、
ジェーン・バーキンという「楽器」を選んだと考えてみてはどうでしょうか。

テーマソングは、自分で選んじゃえばいいんですよ。
ドラマとは関係の無い音楽を聴きながら、ドラマのことを想う。
その時間はきっと、ドラマを見ているときと同じくらい楽しくて。
僕は「美しい人」のテーマソングに、スピッツの「ロビンソン」を選びました。
でもそれは、人それぞれ違うから、組み合わせは無限なんですね。

選曲は、楽しいですよ。
曲のおかげでドラマが広がったり、ドラマのおかげで曲が広がったり。
日経エンタメ2000年2月号に、
リップのプロデューサーでもある杉尾敦弘さんのコメントが掲載されています。
(リップに関して言ったコメントではありませんが)

「最近ドラマが不振の理由として、こんな点を挙げた人がいました。
 『制作者がテーマをうたいすぎ、それに酔いすぎ、真面目すぎ』
 もっともだと思います。確かに、制作者の自己満足というか、
 マスターベーションになっているドラマもありますから」

あまり、制作側が主題歌に意味を持たせすぎてしまうと、
視聴者の自由な想像の世界を奪ってしまうのかもしれません。
野島ドラマの主題歌は、制作サイドが視聴者に提案する、
「無限の選択肢」の、ほんの一部にすぎないのではないでしょうか。

> 私の違和感の根元は、pix_pomさんの例えを利用させて頂いて、
> 一連の野島ドラマ群をメロディーとすると、
> 聴き手(私)が、次に聴きたい音(過去の主題歌のテーマ性)
> が聞けなかった事に発すると思います。。。今までストレスのない音楽だったんで
> 音符(「美しい人」の主題歌)が変調されていたんではないかと、
> この音符自体は美しい楽器で奏でられた音だったんですが・・・

違和感は、少しくらい残しておいてもいいと思います。
それはきっと、次の野島ドラマを期待する力になるでしょう。
完全に納得してしまうと、それが別の作品で覆されることが怖くなってしまうんですね。
それはきっと、野島伸司自身も、同じことです。
現在の不満が、未来への意欲になる。これ、感想集に書いたな・・・。
彼の描きたいことと、僕らの感想は、必ずしもシンクロするわけではない。
いやむしろ、シンクロするわけがない、といったほうが正しいかもしれません。

僕は「世紀末の詩」が嫌いなんです。
いや、正しくは「世紀末の詩」のエンディングが嫌い。
せっかく1時間かけて描いてきたストーリーが、
あの安っぽい回想シーンのおかげで、すべてぶち壊しになってしまう。
結局、本放送のときは、それが耐えられなくて、3話で止めてしまいました。
(おかげで、ポッポもちいちゃんも、リップが初対面・・・)
あとから(リップが終わってから)ビデオで、全話フォローしましたが。
でも、皮肉なことに、そのことがあってから、
僕はますます、野島伸司が見たくなったんです。
いつか、完璧な脚本と、完璧なキャストと、完璧なスタッフで、
「究極の野島ドラマ」が見たいから、彼の作品を見続けることに決めたんです。
でも、どこかで、それがかなわないことも分かっているし、
でも、どこかで、それがかなって欲しくないと思う自分がいるんです。
だって、そのほうが楽しいじゃないですか、ねえ。


Q2.オープニングのラストでの映像、羽根の落ちて行くシーンの意味は?

とても抽象的なイメージ映像ですから、解釈は人それぞれで構わないとおもいますが、
僕としては、「落ちていくもの」の象徴のように思えました。
エンディングのエレベーターは、実は下りなんですが、それに近いイメージですね。
穏やかに繁る大木に、穏やかに一羽の鳥が止まっていた。
その鳥に、何か「動き」があったのでしょうか。

> 3部作で、鳩の映像が出てくるのは、
> 「世紀末の詩」では
> 第4話 真っ赤に傷つき、そして翼折れてなお飛ぼうとする鳩を、
> 死神(?)のミアが介抱し、ラストでミアの手から飛び立って行きます。
> ちなみに鳩の名は「ポッポ」です。
> 「リップ」では
> 第1話 藍が代々木競技場前で跳躍したとき
> 第1話 藍が鑑別所に入所したとき。。。門の上の白鳩
> 最終話 2羽の鳩が飛びながら向かい合うラストシーン
> に出てきます。
> これらの流れから「美しい人」の白い羽根の落ちて行くシーンが、
> 関連付けられないかと考えたのですが、いかがでしょうか?

野島がもっている、ハトへのイメージが、いまいちつかみきれていないので・・・。
空へのあこがれだったり、自由の象徴であったり、
また、か弱い、儚いものの象徴としても用いられているような気がします。
ところで、タイトルバックは、松原弘志さんという、本編とは違う監督が担当しています。
1人の男を乗せ、ゆっくりと降りるエレベーターに、
やがて、裸足の女、そして、銃を手にした男が乗り込んでくる。
3人を乗せた箱は、果てしなく、降りてゆく、落ちてゆく。
白い羽根は、絡み合って、ゆっくり落ちていくものの象徴・・・でしょうか。


Q3.オープニングのナレーションで「他人と何かを争そったり〜美しい人間でありたい」
   とありますが、「美しい」自体、他との比較でおのずと争いになるのでは?
Q4.同上で、ハーブなどの植物も生物である以上、生存競争を行っており、
   スピードが遅いだけで、野生動物と変わらないのでは?


すするさんと、野島伸司の「植物感」の違いでしょうか。
例えばリップの最終話、孝生が演説した「ヒマワリ」の話なんかが、野島流なのかもしれません。
どちらが正しいかなんて、決められることではありませんが。

さて、京介のいう「美しさ」とは、決して相対的なものではないでしょう。
人より美しいかどうか、というのは、この場合、問題ではなく、
重要なのはその絶対性、つまり、自分が美しいかどうか、ということだと思います。
ただ、京介自身もこの時点で、美しさとは何かを、知らずにいます。
例えば、美しくないものに近寄らないことで、自分の美しさを保とうとしても、
それはただ保身のためであって、自分がより美しくあるということには関係がなく、
京介も、それを分かっていながら、秋山智恵子という女性に、
「危うきに近寄らず」的な対応をしてしまう自分に気が付きます。
ただ、逆にいえば、全ての相手に同情し、力を注ぐことが正しいわけでもありません。
そして京介は、美しさの理想を、植物のなかに見たのでしょうか。

葉っぱを切られて、怒るミントはありません。
それは、京介が必要のために切っていることを、知っているからです。
京介は、葉っぱを切ることに、心が痛みません。
それは、必要以上には、切っていないからです。
京介は、ミントを日の当たる温室に置き、水を与え、剪定をします。
それは、またおいしいミントティが飲みたいからです。
ミントは、切られた傷口を治癒し、再び葉を繁らせます。
それは、自らが繁栄するために、必要だからです。

例えば美しさとは、案外「自分勝手」なモノなのかもしれません。
そこにおいては、「欲」ですら、否定されることはありません。

とは言うものの、この件に関しては、僕自身も未だ、満足のいく結論に達していません。
これからもう少し、「美しい人」の話をすることで、
いずれ見つけていければ、と考えているのですが・・・。

> 美しいの絶対性、、、、、、、、、アホやから、わかりません(^^;
> 「美しさ」とは、相対的にしか表現できないのと考えてました。
> 他人ではなくても、「以前の自分より今の自分は美しい」とかです。
> 京助の仕事は美容外科医で、外面的には手術により、
> 内面的にはコンプレックスを取り去ることで。
> 過去の自分より美しくなりたい方を対象に、成り立っているのでは?
> 例外として、銀行強盗や、夫から逃げる為に顔を変えたい人がいるけど(^^;
> 
> また、「リップ」でも、先生と藍が化粧の有無で一悶着ありましたよね、

まだ、美しさの本質に気付いていない京介にとって、美容外科医であることは、
果てしない模索であり、また、矛盾を抱えながらの継続であるのかも知れません。
京介の「美容外科感」は、第2章、
圭子と晃一の会話の中に、そのヒントが散りばめられています。
確かに、物事を絶対的に捉えるということは、たやすいことではありません。
人は、1人ぼっちになるのが怖いのでしょうか。
周囲との相対的な比較の中に、自分自身の位置を確認し、そこに安定を求めようとします。
究極的には、人は常に絶対性を求めているはずなのに、
それを手に入れることが出来た人は、それを手に入れたことに、気付くことはありません。
なぜならそれは、手に入れる前の自分と、比較することがないからです。
気が付けばそこにあるもの、そこにあることがあたりまえのもの、
絶対的なものは、身の回りに無数に存在しているのに、僕らはそれに気付かないんです。
きっと、愛だって同じことです。
「世界で一番、あなたを愛している」
そう口にしているうちは、まだまだ比べているじゃないですか。

> 妻の祥子が事故死してから、みゆきが現れるまで、
> 積極的に「美しさ」模索していたとは、ど〜しても思えません(^^;
> 泉に波が立たないよう、保守的に、静かに(植物的に美しいと信じ)
> 生きてきたのでは?

そうですねえ、「美しい人間でありたい」そう願っていただけで、
本当の美しさとは何か、そんなことを積極的に考えたことは、無かったのかも知れませんね。


Q5.みゆきは次郎に電話で堕胎したと告げました、夫の承諾なしに手術が受けられますか?

優生保護法には、やはり、本人と配偶者(夫)の同意が必要とあります。
例外として、本人の同意のみで手術がおこなえるのは、
(1) 配偶者がはっきりしないとき。
(2) 配偶者が意思表示できないとき。
(3) 妊娠後、配偶者が死亡したとき。
というのがありますが、今回のケースは、そのいずれにも該当しないものと思われます。
まず、考えられるのは、本当は妊娠していなかったかもしれない、ということ。
自分の決意を次郎に伝えるために、あえて衝撃的なキーワードを用いたということですね。
本当に妊娠していた場合、医師に何らかのウソをついて、手術をおこなった可能性もあります。
そもそも京介のところにですら、秋山智恵子という偽名で訪れていますからね。
夫の同意というものが、署名捺印によるものであれば、
それを偽造することは、さほど難しいことではありません。
医師には、それが本物であるかどうか、確認することは困難でしょうから。
あとはまあ、正規の手続きを踏まずに手術をおこなう、モグリの医師というのもいますが。


Q6.ラスト近くの京助とみゆきの会話で、みゆきは夫のことを彼と呼んでいます。
   意味があるのでしょうか?


京介は、手術をすれば、性格も変わる、と言っていますが、
これは、みゆきにもあてはまるのではないでしょうか。
特に性格が変わったということではなくても、夫との精神的決別が一歩前進した、
そのことが「彼」という言葉に表れているのかもしれません。


Q7.第1章での伏線は何?
   ・文化祭での、京助と朝美の会話。。。。圭子は誰に似たか
   ・公園で雨に打たれるみゆき。。。。。。雨が降ると逃げたくなる
   ぐらいしか見つけられませんでした。


どっちに似てる、っていうのは、ちょっと意味深な感じもしますけどね。
この時点で京介も朝美も、圭子の本当の(この表現は嫌いだけど^^;)父親を知っているのですが、
朝美は、京介は知らないと思っていますね。
ただ、文脈的には、性格がどちらに似たか、という感じにも聞こえましたけどね。
そこをあえて詮索しないのが、大人の会話、なんでしょうけど。


Q8.純と圭子が上履(?)で渋谷の街を歩くって違和感ありませんか?

第2章、純が学食で事件を起こして、飛び出していきます。
2人が街を歩くのは、この後のシーンです。
結局圭子も、上履きのまま、純を追いかけていったのではないでしょうか。
純には、こんな時、学校抜けてまで追いかけてきてくれる友達はいなかったのでしょう。
ゲームセンターなんて、お嬢様(?)には似つかわしくない所まで無理して付いてきて、
ちょっとおどおどしてる圭子に、嬉しくもあり、ちょっと優越感もあって。
まあ、おかげで、大変な目に遭いますけどね^^;


Q9.「捜査課の屋代だ!そっちは村雨刑事」刑事さんって自己紹介するの?

だって名乗らないと収集つかないじゃない^^
次郎ってば、いきなり拳銃突き付けちゃうんだもん。


Q10.第2章で、京助は亡き妻の面影を持ったみゆきに引かれていきます。
    「リップ」を引き合いにだすのは、いけないかもしれませんが、
    火星人の話が思い出されます。

    「さびしいからって、誰かを好きなるような、心の弱さは見苦しいね」

    みゆきの顔は祥子のコピーです。
    たとえば、写真(コピー)の画像を愛しく思うことはあっても、
    印画紙は愛しません。顔が似てても別人です。
    きっかけには、なるかもしれませんが(^^;


京介の心にブレーキをかけていたもの、それは自己嫌悪ではないでしょうか。
所詮、コピーにすぎない、それでも、どこか惹かれてしまっている自分に。
彼女の顔を、亡き妻に似せてしまった自分に。
自分の心を疑うことはない、速度があるからこそ、ブレーキが必要なんだ。
それにもいずれ限界があることに、気付きながら、恐れながら。

> 京助はみゆきに祥子の面影以外、何に惹かれてしまったのでしょう?

うーん、それは分かりません。
と、いうより、それは京介にもわからない事かも。
最初は、同情に近い感覚だったのでしょうか。

> それが、みゆきのプライドを傷付け、追いかけっこになり、
> その件は、うやむやになってしまいました。
> 結局、わけわかめ、、、、、理屈ではないのでしょうか?


Q11.校庭のベンチでパンを食べる圭子、包装は捨てる、
    食べかけのパンを捨てる、これってお嬢様?(第3章)


捨てたように見えますね、あれは^^;
圭子は、パンを落としちゃったんです。
どうも、パパの話になると、そこに集中しすぎて、行動が散漫になる傾向があるようで。
そこで、純がパンを分けてあげたんですね。
「これ、毒入ってねえだろうな」とは言ってないですが・・・。


Q12.顧客リストで、朝美の方が祥子より上部にあるけど、
    なぜ、次郎は朝美の方へ先に行かないの? (第3章)


リストを上から順番にあたるより、
地理的に近いところから向かうのが、効率良い捜査ってものですね。


Q13.ラストでの裸足の追いかけっこ、過去に次郎ちゃんとも、
    やったのかなぁ?(第3章)


みゆきと次郎のやってたのは、もっとでっかいやつですね。
北海道まで逃げ出して、2ヵ月後に追いつかれるって。
この2つ、どこが違うんでしょう。
第2章みゆき:
「前に北海道に逃げたときも、どこかで連れ戻されることを望んでいたのかも」
第3章次郎:
「女ってのは、ときどきそうやってガキみたいにすねて、男の愛情を確かめてみたくなるもんさ」

どこまで逃げても、必ず追いかけてきてくれるから。
どこまで逃げても、必ず追いかけてきてくれるから。
どこまで逃げても、私は不安じゃない。
どこまで逃げても、私は安らげない。
必ず見つけて、私を、抱きしめてくれるから。
必ず見つけて、私は、抱きしめられてしまうから。

リップの「近づける条件」に近いのかな、ひょっとして・・・。

> 逃亡者(みゆき)が追跡者(京助)に好意を持っていれば王子様
> 逃亡者(みゆき)が追跡者(次郎)に悪意を持っていればストーカー
> 想像するに、過去にみゆきと次郎は、追いかけっこし
> 相手が若くても、みゆきが、めちゃ喜んだのでしょう。
> それをみゆきや次郎が愛の表現と勘違いし、ときどき、くり返してしまいます。
> しかし、それは段々とエスカレート(北海道)してしまい、
> 次郎に対する、みゆきの気持は、やがて好意から悪意へ変貌したのでは?
> 
>>「近づける条件」に近い
> う〜〜ん、これって、自分の殻に閉じこもった人を、誰がサルベージできるか、
> という問題だと勝手に解釈してました・・・・?
> 「美しい人」だと、純に対する圭子や次郎のような(^^;
> まぁ、近いって事であてはめると、みゆきの好きな、追いかけっこに付き合えるタイプは、
> 次郎であり、前にエピソートを聞いてなければ、京助は追いかけるタイプではないね〜

ゲームです。ゲームってのは、本気でやるから、おもしろいんですよ。
みゆきも、京介が自分に同情してくれていることは、わかっていたはずですから。
でもね、今はそれだけじゃないって、それも感づいていた。女の勘、なのかな。
だからこそ、本気で仕掛けた、大人のゲーム。
「素直じゃないね、あたしのこと好きなくせに^^」
みゆきは、京介の言葉に、本気で怒っていたんでしょうね。
そして、交差点で見つめあう2人。
京介の「ごめんね」
みゆきの「ありがとう」
(小説版よりの状況設定です、TV版でも、交差点だった?)

> サルベージ
いや、もっと幅広く、太陽と暗闇の話。
みゆきは、例えば吉岡篤に近いんでしょう。
ただ、最終的な愛の正体という部分で、2人はまるで異なっているのですが。

> う゛みゆきと吉岡の共通点が思い浮かばない・・・
> ・逃げ出した
> ・????

「耐え切れず、手放してしまった」
「受け止められず、逃げ出してしまった」
次郎は、彼女を必死に探そうとしますが、
藍は、ロンドンに毎日、手紙を出したんですよね。

> とすると、次郎は太陽で、暗闇は京助?純?

確かに、次郎は太陽に近いのですが、
それを受け入れようとする暗闇は、今回はありませんね。
みゆきも、京介も、朝美も、そして純でさえも、違います。
強いて言えば、純ですが、むしろ、太陽に水を掛けているようなイメージでしょうか。
純って、何かに似ていると思ったら、真白なんです。
(いや、そっくりとか、そういう意味じゃなくて^^;)
純は、次郎のお母さんなんですね、口うるさくて、世話焼きで、心配性で。
次郎に時間をかけて、ゆっくりと「そうじゃないんだよ」って教えている。
そしていつも、お母さんは、子供の味方なんです。
いつか、次郎が太陽でなくなったら、その時は、暗闇を求める必要もなくなるのでしょう。

> 純に限らず、キャラクターが一貫して固定してなく、
> ドラマの途中で変わる人が多かったと感じます。
> 若い人なら、成長と見れますが・・・


Q14.純は、次郎と朝美を覗いた直後に、タクシーの中で京助と
    会話してます、なぜ、純の心に乱れはなかったの?(第4章)


心の乱れ、ですか。動揺してるとは思いますけどね。
キーワードは、
「でも、もういいですよね」
純は、いつまでも奥さんを愛し続けている次郎や京介を、素敵だと思いながら、
このキーワードで、京介に何と答えて欲しかったのでしょうか。
結局、京介は、何も答えてないですが・・・。


Q15.オープニングのナレーターがみゆきに代わった訳は?(第5章)

いや、わかりません、特に深い意味は、無いと思いますが。
結構、このドラマは、視聴者の目線を、意図的に転がしている感じを受けますね。
自分が感情移入している対象が、京介だったり、みゆきだったり、
もっと言えば、圭子や篤の場合だってあります。
この場面では、僕らはみゆきの目線から、世界をみているのでしょう。


Q16.みゆきを尾行中の純、モニターに映ったVサインの意味は?(第5章)

これこそ、たいした意味は無いと思いますが^^;
純の茶目っ気のようなものでしょうね。
純って、一人でも楽しむ術を身に付けちゃっているんじゃないでしょうか。
たぶん、彼女は一人っ子でしょうね。
例えば、屋上でクレーンゲームをやっていて、やっぱりどこか寂しいんだけど、
そんな中でも、結構楽しんじゃったりしているし、
ソース探して、うた歌ったりしてるし。
でも、本当はやっぱり寂しい。
圭子と話しているとき、次郎の家でお皿を洗っているとき、
そんなときの楽しさとは、全然違いますから。


Q17.クラブの前、純が次郎に「ここの5階、12時にお店終わるの」
    閉店時間ど〜やって調べたの?(第5章)


「あたしって、探偵の才能あるね^^」
お店に電話すれば、閉店時間くらい教えてくれるんじゃないですかね。
名探偵(!)としては、そのくらい常識です^^。

> 第3章次郎:CDのビデオを見ながら
> 「まず、おまえを先にしめあげてやる」と、言いつつ、
> クラブの前で閉店時間まで律義に待ってたのは、なんで?

次郎としても、営業中に踏み込むのは、不本意なはずです。
当然、令状はありませんので、任意聴取(?)ということになりますが、
彼女に迷惑のかかるかたちは、取りたくなかったんでしょうね。
「しめあげる!」という意気込みとは別に、彼は普段は、非常に冷静な人ですから。
それが、閉店しても出てこない彼女に、焦り、苛立ち、爆発的に乗り込んでしまったと。
次郎は、後悔していると思いますよ、ドアを壊したこと、警察手帳を見せたこと。
これ、苦情は警察にいきますね。
いやいや、屋代さんも、苦労が絶えませんなあ^^。

> そ〜なんですよね、次郎は権力を私用で使っています。
> だったら早期に、たとえば、マンションへドレスの照合に来て、
> 亡き妻のクローゼットを荒らしたとき、
> 京助は麻布北警察にクレームの電話を入れれば、
> その後の、次郎の動きを押さえられたのでは?

京介は、事を荒立てる必要はないと思ったのでしょう。
朝美に借りた服で次郎をやり過ごし、いずれ、自分とみゆきの接点が切れたとき、
みゆきが見ず知らずの自分のところにいれば、見つかることはない、と。
ちなみに京介は後に「彼を少し甘くみていた」と言っていますが。
ところで、クラブが警察に被害届を出した場合はどうなるでしょう。
おそらく、傷害と器物破損ということになるでしょうが、
警察手帳を証拠に、犯人が警察官だと断定することは難しいと思います。
その手帳が、本物かどうか、被害者の証言だけでは、弱いですから。
結局、通常の事件として捜査され・・・未解決で、もみ消されちゃうのではないでしょうか。
あーあ、大人ってやぁね^^;

> 逆に、麻布北警察署にクレームを出す事により、次郎は本来の刑事の仕事を
> せざるおえなくなり、私用でみゆきを追いかける時間が無くなるのでは?


Q18.祥子を知る人は、みな、みゆきを嫌悪したのに、
    武藤はなぜみゆきに好意を持つの?(第6章)


最初はびっくりしたみたいですけどね。
むしろ、京介に会った懐かしさの方が、先に立ったのではないでしょうか。
基本的には、みゆきは、明るい、素敵な女性ですからね。
ほら、岬美容外科のパーティーでも、みんなと仲良くやっていましたし。
この場合、圭子は例外として、朝美と武藤の違いを見てみると、
異性であること、現在の京介をよく知っているかどうか、特に前者は重要だと思います。
朝美は、京介、祥子、神山を交えた、複雑な関係の中の当事者なのに対し、
武藤は、医者も止め、結婚して東京を離れて、彼らに対しては、ちょっと距離があります。
また、朝美の京介に対する感情も、気になるところです。
「だって、パパのこと好きなの、みえみえなんだもん」と、圭子は言ってますが・・・。

> もうひとりいますよね、過去と現在をよく知っていて、
> 近いところにいる、事務長の田辺さん、
> 彼は院長を尊敬しイエスマンなのに、
> コピーに対してだけは、嫌悪し反発してたのでは?

朝美や田辺の嫌悪感の根源は、京介が祥子に似ている人に惹かれていることではなく、
彼女の顔を、手術で祥子に似せてしまったことにあると思います。
このことを、武藤は知らないんですね、知ったら、どう思うでしょうか。
ちなみに、圭子はいつ気付いたのかな。

> 院内+朝美の秘密です、
> たとえ、父娘でも守秘義務があるので(^^;
>> みゆきは、明るい、素敵な女性
> ちょっち疑問?きらいではないけど、
> これだけ嘘を吐く女は、峰不二子いらいでは?

基本的には、ということなんですけどね。
今の彼女は、精神的に動揺している時期ですし、言動や行動に不安定な感じもあります。
なにしろ、逃亡者ですから。
そんな彼女が、心から安らぐとき
、 京介の部屋にいるとき、旅行で東京を離れているとき、ハーブティーを飲んでいるとき、
そしてその時、いつも傍に、京介がいること。


Q19.村雨は、電話の声で、みゆきに気付かないの?(第6章)

気付いていると思います。
というより、電話以前に、ある程度、気付きはじめていて、
それが電話の声で、確信に変わったのでしょう。
第7章、音楽室で、次郎は自分の推理を確かめるように、話しつづけます。
自分をかく乱する、第三者の存在、キーワードは「美容外科医」
そしてその推理は、信じ難い現実となります。
「秋山智恵子、おまえが、みゆきだなんて・・・」


Q20.みゆきはコーヒーカップを一晩で作れるの?(第7章)

僕が小学校のときに授業でつくったのは、翌日には焼きあがったと記憶していますが。
あれって、素焼きだったのかな、よく覚えてないです・・・。
みゆきのつくったのは、ちゃんと色もついてるし、上薬もかかってますね。
武藤は、ペンションのお客さん相手に、陶芸の体験教室などをやってるかもしれません。
そのために、すぐに焼ける粘土や、小型の窯も用意しているとか・・・。


Q21.京助の「後悔」って何?(第7章)

「初めてみたわ、あなたの、そういう能動的な感じ」
愛していた、そして、愛されたいと願っていた。
だが、願うだけで、状況を受け入れてしまった、受動的な自分に。
その最後の瞬間ですら、一緒に居られなかった自分に。


Q22.純は朝美や京助が喫茶店に居るのがなぜわかったの?(第8章)

純が喫茶店に飛び込むのは、冷蔵庫で、見つけてしまった後ですね。
純は、必死で朝美を探していたんだと思います、だから、いきつけの喫茶店にも。
それは、朝美に報告するため、というより、次郎のために。
暴走を始めた次郎が、このままでは、取り返しのつかないことになりそうな気がして。


Q23.次郎「狂わない愛など退屈だ」の意味は?(第8章)

次郎の恋愛感ですね、ただ、本心ではないですが・・・。
「次郎だってかわいそうだよ、次郎は、どうしたら愛されるか、わからないんだ」
人が誰かを愛するとき、相手からも、同じ大きさで愛されたいと願う。
疑うことの無い、退屈な愛、究極的には、次郎もそれを求めているはずなのに。
自分がどんなに愛しても、みゆきからは、同等の手ごたえは返ってこない。
失うことが怖くて、変わりゆくことが怖くて、次郎は彼女を縛り付ける。
愛し方と愛され方が同じものなら、次郎は、そのどちらも知らない。
「どうして?」
最終章、次郎は、純に訊いてみた。その答えは・・・。


Q24.圭子が誘拐されたのに、なぜ警察へ連絡しないの?(第9章)

「高校生よ、半日行方がわからないからって、まともに探してくれるわけないじゃない」
と、裕子はいっていますが、京介が警察に頼まない理由は別ですね。
犯人が警察関係者かもしれないと、気付いているから。
次郎の目的は、圭子ではない、彼は彼女を、傷つけたりはしない。
もちろん、心中は不安でいっぱいでしょう、
もし圭子が、彼を挑発するようなことを言ったら。
それでも、警察が、事態解決の最善策であるとは思えない、という判断でしょうか。

Q25.京助とみゆきがレストランで待ち合わせをしたとき、
    みゆきは朝美に手伝ってもらった祥子の装い、しぐさをします。
    この時のふたりの心境が良くわかりません?


嫌悪感の話が出ましたが、京介には、自己嫌悪もあったでしょう。
自分は決して、亡き妻に姿が似ているから、彼女に惹かれているのではない、
そう肯定したくても、どこかしきれない自分に。
その想いを知らないみゆきは、無邪気に、祥子になり切ることで、彼に愛されたいと。
京介の一番望まないことをしてしまったみゆきは、それに気付きもせず、
「先生が、一番喜ぶことをしてあげたかった」と、決定的な一言を口にします。
そして、理解されない悲しさに、京介は絶望的に席を立ってしまいます。

人は、たくさんの「思い出」をかかえて生きています。嬉しいことも、悲しいことも。
もし、この世のどこかに、自分の思い出を完全に保存してあるデジタルカメラがあるとして、
それを、見たいと思う人が、いるでしょうか。
例えば京介は、それを見せられてしまったのかもしれません。
思い出の中の祥子が、あまりにもリアルな、それでいてどこか異なる映像に侵食され、
混ざり合う記憶と現実に、やがて、どちらも失ってしまうような、絶望的な悲しさ。
ちょっと次元は違いますが、僕が「世紀末の詩」のエンディングが嫌いなのも、
たぶん、これと似たような理由です。
ちなみに朝美は、こういう結果になることは分かっていたはずです。
それでもあえて、みゆきの手伝いをしたのは、イジワルのためではないでしょう。
人には、身にしみてみなければ分からないことも、多いんですね。

うーん、圭子は、最後まで気付かなかったのかな。

> クローン人間の出る第8話「恋し森のクマさん」田中健さん出演
> ご覧になりました?
> 自分の思い出の人を、デジタルカメラの如く再生してました。

あれは思い出を再生する話ではなくて、
人生をやり直す、いわば、上書き録画の話ですね。
しかし厳密に言えば、上書きではないのですが・・・。

> 文字通り「再び生かす」のつもりでした(^^;


Q26.みゆきは生涯コピーとして生きて行くのでしょうか。
    最後は、自分に嘘を吐いてまで?


最終回は、2通りの解釈ができると思います。
こんなことが起こるのも、野島ドラマならではですが。
具体的には、最後、京介が正気だったのか否か、ということですね。
僕は、正気だったと確信しています。
劇的な最後とは別に、そのヒントは、最終章のあちこちに散りばめられています。

「この顔じゃ、あなたに愛されない」
「この顔だから、あなたは私を見つめてくれたのに」
この、矛盾する2つの要素。
「祥子を愛している、しかし、一方で、比べようもなく、みゆき、きみのことを・・・」
この、衝突する2つの要素。
そして、引き金の向こうに見えた、1つの結論。
それは、おそらく「三つ巴の愛」
祥子とみゆきを、同時に愛している自分、それを、否定する要素は、何一つ無い。
だから京介は、みゆきに問うた。
「おかえり、祥子」それは、「それでも、いいのかい?」と。
みゆきも、京介を愛している、それを、否定する要素は、何一つ無い。
そしてみゆきは、京介の「選択肢」を理解した瞬間、祥子である必要はなくなった。

おかしなバランスかもしれないが、3人は、誰一人、ウソをついていない。
自分の心には、ウソをつくことはできない。
思えばそれは、リップスティックの結末にも通じるものがある。
愛とは・・・。

> 人それぞれの解釈があって当然たと思います。
> 私は、「リップ」での最終回は、「本当の人を見付けた」と感じており。
> 「美しい人」の最終回は、「世紀末の詩」第7話 (ちいちゃん出演)
> 教授と亘の問答での、教授の解答
>  「相手が先に死に逝くとき、後を追うことも、心の中にとどめて生きるということも、
>  愛とは呼ばない。真実の愛とは、相手の死を認知しないことだ、
>  なぜならそれが唯一のものであるから、認めることは心が壊れるということだ」
> がオーバーラップしました。
> すなわち、京助の本当の人は祥子で、京助の心は壊れてしまい、
> 藍が慕い寄ってくる子ネコに、亡くなった弟の名をつけたように、
> みゆきを祥子と呼んだのではないかと・・・
> (これだと、みゆきが、かわいそうかな?)

僕はハッピーエンド願望が強すぎるのかな、なんて思ったりして。

> せっかく、時間をかけて見てるので、後味の悪いラストは嫌ですよね。
> 私も「美しい人」は、ハッピーエンドだったと考えます。
> 希望が開けるのが、ハッピーエンドならば、心が壊れててもいいのでは?
> ・京助という枯れた花には、水を与えてくれる人が現われました。
> ・みゆきは、祥子をも含めた京助を、愛することができました。
> ・次郎には、母のように優しく導いてくれる人が現われました。
> ってね。


Q27.次郎ちゃんのお兄さんって、どんな人と想像されます?

次郎というからには、お兄さんがいたのでしょうか。
ただ、次郎の口からは、兄に関することは、何一つ出てきませんでした。
まず考えられるのは、兄の存在を知らない、あるいは、覚えていないということ。
例えば、生まれる前、あるいは、まだ次郎が幼い頃に亡くなっていた場合。
それとも、兄の存在を、思い出したくないのでしょうか。
第6章、朝美は次郎を、こう分析しています。
「あなたは父を憎み、母親を守ろうとする優しい少年だった。
 それなのに、ある日あなたの母親は、あなたを捨てて出て行った。
 取り残されたあなたは、もはや誰からの愛情も受けられず、
 ただ暴力を憎むことだけが深く刻まれた・・・・・・」
例えばこの時、母親が兄だけを連れて、出て行ったのだとしたら。
結局のところ、彼の生い立ちは、分からないんです。
朝美の分析も、その根拠も、信憑性も。
そして、彼自身が語る言葉でさえ、どこまでが本当なのか。
ひょっとしたら次郎は、朝美には何一つ、本当のことを言っていないのかも知れません。
ヒントが眠っているのは、むしろ純との会話の中でしょう。


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