「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」

   17 携帯電話

 2日目、朝食後、一行は天文台の館内で過ごした。プラネタリウムの上映があり、それから、館長の特別講義、なんだ、学校と変わんないじゃん、知佳は文句をいっていたが、彼の講義はなかなか面白いという先輩たちの評判だった。そして、講義はその評判に恥じることなく、大喝采のうちに終わった。ところで昨日から寝ていない小鳩、今日は朝からどこか呆けていて、全く地に足がついていない。「大丈夫!?」声をかけると、うん、と答えるものの、その表情は曇ったままだ。昼食は湖畔に出て、キャンプ食を作ることになっていた。だが、その準備中、ついに小鳩が倒れた。

 部屋の真ん中には、小鳩が寝かされていた。その周りには、顧問の中田、知佳、奈美、そして、部長の小夜子も集まっていた。
「なにやってんだよ!」奈美が笑いながら小鳩をつつく、小鳩が照れくさそうに笑った。
「まあ、多分、貧血か何かだろ、とにかく無理しないで、少し寝ておけ」
「はい、すいません、先生にもご迷惑をおかけして・・・」
「ねえ、もうみんな行って、せっかくの自由時間なんだから、私、すこし寝るから」
小鳩が無理に元気な顔をつくるが、知佳と奈美も「そんなこと言ったって・・・」と顔を見合わせている。
「いいから、ほら! 私、携帯持ってるし、どうしてもの時は呼ぶから」
「先生もいいよ、釣り、するんでしょ」「ああ、そんなことはこの際どうでもいいけど・・・」
「みんなありがと、大丈夫だから」
小鳩にそうまで言われて、みんなは、それでも気を引かれながら、立ち上がった。
「いい、絶対電話してよ! どんなちっちゃなことでもいいからね」最後に奈美が言い残した言葉が、小鳩には心強かった。だが、なぜか小夜子だけは、その場を去ろうとしない。
「部長?」知佳が不思議そうに声をかける「ああ、私、もうちょっと、少しポッポに話があるから」
「そうですか・・・」そうまで言われると、それ以上突っ込む気になれない。結局3人は、小鳩と小夜子を部屋に残して、部屋を出た。
「部長、すいません、こんなことになっちゃって」
「うん、まあ、それは仕方ないよ、具合が悪い時は、無理することない」「はい・・・」
「部長もどうぞ、自由時間、彼氏いるんですよね、国見台に・・・」
「お前、そういう情報だけは早いのな」小夜子は苦笑した。
「お前さあ、昨日、屋上にいたよな」小鳩はどきりとした。「はい・・・」
「だから風邪引いたんじゃないのか?」「はい、そうだと思います」
「なあ、ところで、昨日屋上に、高木もいただろ、国見台の」
なんでそこまで知っているのだろう。ひょっとして、見られていたのではないだろうか、そんな不安が小鳩によぎる。
「高木と、何か話したか?」「はい、星のこととか、いろいろ、教えてもらいました」
「そっか・・・」小夜子は、ふうと、大きくため息をつく「それならいいんだけど・・・」
「なあ、ポッポ、あいつには、あまり近づかない方がいい」
「でも、星のこととか、すごい詳しいし、その、そんな悪い人には見えませんでしたけど」
なぜだろう、いつの間にか、光一郎の弁護をしている自分がいる。
「うん、星のことはな、うん、まあ、それだけならいいよ」どこか引っかかる言い方だ。
「さて、と、それじゃあ、私もお言葉に甘えて、自由時間にさせてもらおっと」
「はい、すいません、わざわざ」
「体調よくなったらさ、夜の観測会に出てきなよ、何か、彗星が来てるらしいよ、館長さんが望遠鏡合わせてくれるってさ」
「はい!」そう元気に答えた小鳩を見届けてから、小夜子は静かに、部屋を出て行った。

 小夜子が出て行くと、小鳩は携帯電話に、手を伸ばした。
「はい、鈴丘でございます」
「・・・ママ、私、小鳩です」
「小鳩!? どうしたの?こんな時間に、あなた、合宿中じゃないの?」
「うん、合宿中、今、河口湖にいる」
「そう、で、どうなの、楽しくやってるの?」
「うん、あたしさあ、倒れちゃって、今、宿舎で休んでるの」
「ちょっとちょっと、大丈夫なの? 熱は? お薬飲んだの?」
「あ、うん、ただの寝不足だと思う、たいした事無いから・・・」
「・・・なにやってんのよ、もう」電話の向こうから、苦笑がこぼれる。小鳩もつられて、笑顔になった。
「ねえ、ママ」「なあに?」
「もう少し、話しててもいい?」
だが、それから5分もしないうちに、小鳩は電話を抱えたまま、ゆっくりと眠りへ落ちていった。園子は、小鳩が寝てしまったのに気付いても、しばらく、電話を切らずに、話し続けていた。

結局、小鳩は3日目の午前中まで、ずっと横になっていた。午後になると、帰京準備が始まった。ようやく元気を取り戻した小鳩も一緒に、学生たちが天文台のおみやげコーナーではしゃいでいた。
「ジャーン、見て見て、河口湖名物、ヒメマスの佃煮〜♪」
「あんたそれ、ホントに河口湖名物なの?」嬉しそうに見せに来る知佳に、奈美が不信そうな目を向ける。「・・・って、ちょっとちょっと、あんた何してんのよ」
見ると小鳩が「河口湖」と書かれた提灯を手にしている。「あんたそんなもの部屋に飾ったら絶交だからね」「え〜、なんで?」
 帰りのバスは、昨晩の天体観測の影響だろうか、ほとんどみんな、あれだけ寝た小鳩でさえも、眠りこけていた。バスは中央高速を走りつづける。こうして、新入部員歓迎合宿は、一見、何事もなかったかのように、終了した。

   つづく

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