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「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」 19 決戦前日 「ちくしょう! よりによってこんな時に!」 宮部が長机を両手と頭の3ヶ所で叩き、その衝撃で、金属製の薄っぺらい灰皿が飛び上がった。都内某所、雑居ビルの3階と4階に事務所を構えている「スドウ企画」、その会議室では、非常に深刻な会議が行われていた。集まっているのは、所属モデルの三池安奈、マネージャーの宮部、社長の須藤、広報部長の堀内、それから、レコード会社の担当営業である横山の5人だが、本来であれば、須藤の出席は予定されていなかった。安奈は、先日発売された写真集が、予想以上に好調な売れ行きを見せ、まもなく、同時に撮影されたビデオクリップ集も発売される。今日は、そのビデオ発売の記者発表を明日に控え、事務所で打ち合わせが行われることになっていたのだが、その事態を一転させたのは、この日の早朝に届いた、1通のFAXだった。ある出版社から、マスコミ各社に、一斉に送付されたらしいこのFAXには、彼らが来週発売の週刊誌に掲載する記事が予告されていた。、そして、2枚目には、その記事の1ページ目までコピーされているという、念の入れようだった。 『独占スクープ! 超人気新人モデル、三池安奈、衝撃の援助交際歴!!』 「おい宮部! このFAX、どの程度ばら撒かれてるんだ?」FAXのコピーを丸めて机を叩きながら、須藤が宮部に尋ねる。 「はい・・・、今朝から事務所の方には、取材の電話が殺到しておりまして、その感触からは相当数、おそらく、大手は全社行き渡っているのではないかと・・・」 「その分だと、明日の記者発表は、この話題はさけられないだろうな・・・」「ええ・・・」 「今ならまだ、中止することもできますが」 「しかし、そんなことしたら!」 「そうですよ! 下手に動揺することは、事態を悪化させるだけです!」反論する堀内に横山も続いた。 「ちくしょう、いったい奴等の目的は何だ、おとなしく発売すればいいものを、なんで、わざわざ予告なんかしやがる!」 「裏付けが取れてないんじゃないでしょうか、だから、こっちサイドの反応を見たいとか」 「それなら、知らぬ存ぜぬを通すことで、単なる中傷記事として片付けることもできます」 「だがもし、完全に証拠を握られているとしたらどうする、この記事の1ページだけじゃ、どこまで調べてあるのかわからないんだぞ、それにそもそも、安奈の過去については事実だ、こうなった以上、いずれ発覚するのは、時間の問題じゃないのか」 「ですが社長、敵の出方がわからない以上、ここで下手にコメントさせるのは危険すぎます、やはり今回はとりあえず、記者発表は中止するべきです」 「横山さん、そちらサイドとしてはどうなんでしょう? 記者発表、中止することは可能ですか?」 「はあ・・・、これは私の一存では決められないことでして、上司の判断を仰ぐことになるでしょうが・・・、ただ私どもとしましては、各種媒体への掲載数も考慮しますと、会見中止は売上に大きく影響すると考えられるわけでして」 「だが、もし強行したとしても、どっちみち、影響はでるんじゃないのか?」 「はい・・・、それは避けられないと思います。ですが、もしかすると、よい結果に転じる可能性も」 「憶測でモノを言うんじゃないよ、ここをしくじってみろ、安奈は一生イロモノ扱いだぞ」 「ああ、そうだ、安奈はこれからの素材なんだ、こんなところで、変につまづくわけにはいかないんだ」 「とにかく、中止ができないなら、明日の会見は、ビデオ以外の質問はNGとして乗り切りましょう。記事に関しては、あとで公式にコメントするということで」 「ああ、それしかないだろうな、安奈に直接コメントさせることだけは、何としても避けなければならない」 「安奈、申し訳ない、そういうことだ、明日は記者の質問を一切禁止にする、お前は司会者が訊いてきたこと、それだけに答えてくれ」 ずっと窓の外を眺めたままで、一言も発しなかった安奈が、そう宮部に声をかけられ、ゆっくりと部屋の方を振り返った。 「・・・来るべき時が来た、ただ、それだけの話よ」 安奈は、不思議と穏やかな表情をしていた、口元には、微かに笑みも浮かんでいる。 「社長、明日の会見、予定通りやらせてください」「安奈・・・」 「堀内さんにも、横山さんにも、ご迷惑をおかけしますが」 「ああ、いや、そんなことは構わないけど・・・」 「宮部さん、フォロー、お願いします」「・・・大丈夫なのか?」 安奈が小さくうなずいた。 「社長、私、ここと契約するとき、話しましたよね、援助交際のことも、補導歴があることも」 「ああ、確かにな・・・、だがそれでも、俺はお前と契約した。あの時から、いつかこういう日が来ることは、心のどこかでは、覚悟できていたはずだったんだ」 「あの時俺は、お前の、全てをさらけ出す心の強さに、そして何より、その真摯な目に、賭けてみようと思ったんだ」 「・・・・・・ありがとうございます」 「私、決めているんです、どんなことがあっても、もう逃げないって、だから私は、本名でデビューしたんです」 「私、戦わなければならないんです」 重たい沈黙を空間が支配する。誰もが、次の言葉を待っていた。その沈黙を破ったのは、須藤だった。 「・・・来るべき時がきた、か・・・」須藤が小さく笑ってみせる「そうかも知れないな」 「よし、わかった、もう逃げも隠れもできないだろう、安奈、俺はお前に、もう一度賭けてみることにするよ」 「会見は予定通りだ、堀内、マスコミからの問い合わせには、そう答えてくれ」 「わかりました」 「横山、おまえたちも、それでいいな?」「はい」 「下手に利用しようとか思うなよ」「わかってますよ」2人が顔を見合わせて笑った。 「よし、安奈、一緒に戦おう、何、大丈夫だ、俺が守ってやるから」 宮部が力強く声をかける、安奈も笑ってうなずいた。決戦前日、その緊張感の中で、だが、安奈だけは、なぜか1人落ち着いていた。この自信は、どこから湧いてくるのだろう、自分でもわからない。思い出したように手帳を開き、中から1枚の写真を取り出す。目を閉じると、まるでみんなが話しかけてくるようだ。 「安奈・・・」小鳩が何か言いたげに見つめる。 「友だちだからでしょ」藍が寄り添うように隣に座る。 「いつもそばにいるよ」真白がヒマワリの花を手にしている。 「もう、逃げないよ」そう小さくつぶやいた。 つづく |