「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」

   20 彼女

 合宿が終わって2日目、未だ疲労の抜けない中田らを尻目に、学生たちはいたって元気である。今日、天文部は、いつもの部室ではなく、より広い、職員会議室に集まることになっていた。新歓合宿の合同反省会、合同と言うからには、当然、国見台から男子部員たちもやってくる。その日、掃除当番の無かった知佳は、せっせと机を運んでいる小鳩たちに「先、行ってるよ!」と手を振って、その会議室に向かった。職員会議室と書かれているのを確かめて、ドアをノックしようとしたその瞬間、中から男子生徒の話し声が聞こえてきて、知佳は驚いて手を引っ込めた。どうやら、国見台の生徒たちが、先に来ているらしい。その声からは、まだ、うちの女子部員は来ていないようだ。女子校の性だろうか、いや、たとえそうでなかったとしても、こんな時、一人で部屋に入ることのできる女の子は、そうはいないだろう。知佳もまた、例にもれず、そのドアの前で、入室をためらっていた。
「あ〜あ、どっか行って、つぶしてくるかな・・・」そうつぶやいて、その場を去ろうとした彼女、だがその瞬間、突然中から自分の名前が聞こえたのに驚いて、その足を止めた。
「今年の新入生はさあ、なんかパッとしねえよな、まあ、いいとこ関口くらいじゃないか?」
「んん? 関口って誰だ?」
「ほら、あの、一人だけでっかい女がいただろ」
「ああ、知佳ちゃんのことね」
「・・・おまえさあ、いい加減、初対面の女を名前だけで覚えるの、やめろよ」
部屋が笑いに包まれる、知佳はなぜだか、その場を動けなくなってしまった。
「あとはまあ、可も無く、不可も無く・・・」
「・・・と、思うだろ? ところが! さっすが部長、やっぱり一味ちがうよな」
「何なに? 部長がどうしたって?」「おい、やめてくれよ」
「こいつさ、早くも鈴丘に手、つけたらしいぜ」「よしてくれってば」
「鈴丘・・・ ええ!? あのポッポちゃん?」
「そう! そのポッポちゃん」
「うっわあ〜 俺、こいつの趣味だけはわかんねえ」
「何でだよ、結構かわいいじゃん」
「で? で? 手、つけたって、具体的に何したんだよ」
「何もしてねえって、ただ、屋上でばったり出会って」
「偶然か、それ」「あったりまえだろ」「怪しいなぁ〜」
「で?それでどうしたんだよ」
「だからあ、屋上で出会って、一緒に星を見ながら・・・」「北斗七星の話をした、だろ?」
「・・・何で知ってるんだよ」
「やっぱりそうか! コイツ去年と全く変わってねえ!」
「それで? その北斗七星トークで、ポッポちゃんは落ちたのかよ」
「ああ、うん、まあ、落とすのはこれからってとこかな、あの場は、手始めに軽く・・・」
「軽く、何だよ」「キス・・・した」
知佳は、持っていたカバンを落としそうになり、あわてて両手で抱え込んだ。
「コイツさいてぇ〜、何もしてないって言っときながら、これだよ」
「だいたい、去年のコ、純美ちゃんだったっけ? あのコはどうしたんだよ」
「彼女、退部してるよね」「ああ、それ以来、会ってないなあ」
「それで今年はポッポちゃんか、彼女、気の毒になあ〜」
「人聞きの悪いこというなよ、俺は、彼女も大切にするぜ」
「な?」「何がだよ」「コイツ今、彼女"も"って言っただろ?」
「ホントだぁ、最低だぁ、俺もう、コイツの友だちやめるわ」
「おい、どこ行くんだよマイフレンド」「あ、もう、触んないでくれるぅ〜、浮気菌が移るから!」
室内の和んだ雰囲気とは対象的に、知佳の心は、どん底まで沈んでいた。今にも泣き出しそうな顔で、ただうつむいているだけ、だがその耳に、遠くから自分を呼ぶ声が届き、知佳は慌てて顔を上げた。廊下の向こうから「お待たせ〜」と、小鳩が駆けて来る。
「ポッポ! ダメ!」知佳は小声で絶叫しながら、大きなジェスチャーで口元に指を立て、必死に小鳩に駆け寄った。
「どうしたの?」「ポッポ、今日、部活出ちゃダメ!」
「え、なんで?」「いいから、ね、一緒に帰ろ!」
困惑する小鳩の手をしっかりと掴み、知佳は彼女を引きずるように、廊下を歩き出した。

「ねえ、今日はサボっちゃまずいよ・・・」
帰り道、知佳と2人で歩きながら、小鳩は部活のことが気になっていた。
「ポッポさあ、あんた、合宿で、高木部長と一緒だったって言ったよね、国見台の」
「・・・あ、うん」実は小鳩は、あの夜のことを、知佳と奈美には話してあった。キスのことまでは、さすがに触れていなかったのだが。
「ポッポ、お願いだから、あの先輩だけはやめようよ」
「何で?」「何でって・・・」
「先輩に別の彼女がいるから?」小鳩に言われて、知佳は目をまん丸にして驚いた。
「知ってたの?」「・・・うん、遠藤部長から聞いたから・・・」
「だったら!」「だったら!」不意に小鳩が立ち止まった。
「だったら、どうしろって言うのよ! 仕方ないじゃない!」
「仕方ないじゃない、好きなんだから・・・」知佳には、返す言葉が無い。
「ごめん知佳、私、やっぱり、部活出るよ」
「ありがと・・・、知佳が心配してくれるの、すごくわかるから・・・」そう言って、小鳩は踵を返し、学校に向かって走り出した。
「あ、ねえ!」駆けて行く小鳩の背中が、だんだん、小さくなってゆく。知佳は少しためらって、それから、小鳩を追いかけるように、学校へと走っていった。

   つづく

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