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「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」 28 ドキドキ(2) 「ああ、好きだよ」光一郎は、なんだ、そんなことかと、少しホッとしたように答えた。 「私は、先輩のことが大好きです、他の誰よりも」 「ああ、僕だってそうだ、君のことが、誰よりも好きだ」 そう言って、光一郎が、再び小鳩に手を回してくる、その瞬間、小鳩が不意に立ち上がった。 「ごめんなさい、先輩、私、やっぱりダメです・・・」小鳩は、本当に申し訳無さそうに、うなだれていた。 「おい、どうしたんだよ」光一郎が笑いながら手を差し伸べる。小鳩はその手を、強く振り払った。 「私。帰ります」そういって、小鳩がバッグを掴む。ドアの方向に立ち去ろうとする小鳩、だが、その手を、光一郎の手が、しっかりと掴んだ。 「・・・おい、冗談だろ?」「放してください!」再び小鳩がその手を振り払う、だが、今度は離してくれなかった。手を握ったままの2人に、気まずい沈黙が流れる。 「先輩、彼女、いるんですよね・・・」「えっ!?」 「私、知ってるんです」「おい、まてよ、俺には」 「遠藤部長から聞きましたから」強く言い放ったその一言で、光一郎は、観念したようだった。 「ああ、確かに、俺には彼女がいる、だけど、今言ったことは本当だ、君のことが、一番好きだって」 「なんで一番なんて言うんですか! 私、先輩の言うこと、信用できません!」 「初めて会って、いきなりキスするし、初めてのデートで、いつの間にかホテルにいる、そして今も、たったそれだけの付き合いなのに、私のことが一番なんて言う」 「私、2番でも3番でもいいです! だから、お願いですから、ウソだけはつかないでください・・・」 光一郎が、掴んだ小鳩の手に、力を込める「・・・ったく、ゴチャゴチャうるせえな」 次の瞬間、光一郎が小鳩の手を強く引き、ベッドの上に投げ飛ばした。驚き、恐怖、だが、ただ困惑する小鳩の上に、光一郎が覆い被さる。 「ここまで来ておいて、ピーピーわめいてんじゃねえよ!」 光一郎が小さく「ゴメンな・・・」とつぶやいたが、小鳩には、聞こえていなかった。光一郎が、小鳩の顔から、乱暴にメガネを剥ぎ取る。壁に投げつけられたそれは、一瞬鈍い音を立てて、ベッドと壁の隙間に落ち込んだ。 「いやぁ!」必死に抵抗を試みる。だが、しっかりと両手を押さえられ、そこから動くことすらできなかった。光一郎が口づけ、小鳩の唇を乱暴にふさぐ。それが離れた瞬間「助けて!」力いっぱい叫んだ。 「こんなところじゃ、誰も来やしないよ」光一郎が、不敵に笑ってみせる。既に眼下の女を征服した、その余裕の笑みだった。 「はっきり言おうか、俺はお前みたいな青臭いガキなんかなあ、これぽっちも興味ねえんだよ。2番、3番、冗談じゃねえ!お前なんかなあ、圏外なんだよ!」 だが、必死に抵抗する体とは裏腹に、小鳩の頭は、ひどく冷静だった。いずれ奪われてしまう、結果は同じだった。むしろ小鳩は、その前に光一郎の本音が聞けたことを、うれしくすら思っていた。光一郎が、小鳩のTシャツに乱暴に手をかける、だが、それは小鳩の協力がなければ、なかなか脱がせられるものではなかった。懸命にまくりあげようとする光一郎と、それに抵抗する小鳩、それでも、それを決して破こうとはしない光一郎に、彼の心の更に奥にある、本質的なやさしさに触れたような気がして、自分も少し、やさしい気持ちになる。2人がTシャツとロングスカートで送り出してくれたこと、そういう意味かぁ、などど、変に感心したりもして、やがて観念したように、ゆっくりと両手を上げた。 その瞬間、ドアを叩く音が響きわたった。その音は、何か急用でも告げるかのように、断続的に続いている。 「先輩、誰か来ました」 「あん? こんなところに、客なんて来る訳ねえだろ、ほっときゃいいよ!」 だが、その音は、さらにペースを上げる。「お客さ〜ん!」外からこちらを呼ぶ声まで聞こえる。 「ああ、もう!何だってんだよ! おい、いいか、動くんじゃねえぞ、声も出すんじゃねえ!」小鳩が怯えるようにうなずく。そして、ドアのほうに歩いてゆく光一郎の背中を見ながら、思い出したように、ベッドの隙間に手を入れる。あった、小鳩の手に、メガネが触れた。レンズは片方、割れてしまったものの、原型はとどめている、大丈夫だ。小鳩はそれを、バッグの中にしまう。 「うるせえな、何だってんだよ!」光一郎が、ドア越しに絶叫している。 「お客さん、フロントに携帯電話忘れたでしょ」「あん?」 「さっきから鳴りっぱなしなんですよ、なんとかしてくれませんかね」 「そんなもん、あとでいいだろ、非常識じゃねえか!」 「いや、でももう5分以上、ずっと鳴ってるんですよ、何か急用なんじゃないかと」 「ああ、もう!わかったよ!」光一郎が頭を抱えて、乱暴にドアを開ける。その瞬間、勇輝がそのドアの隙間めがけて、廊下にあった消火器を吹きつけた。 「うわっ!」思わず光一郎が、顔をおさえてうずくまる。勇輝がその光一郎の局部に、思いっきりヒザ蹴りをくらわす。突然の出来事、ドアの方から立ち込める真っ白な煙幕と、その中で争う人の声、小鳩には、何が起きたのかさっぱりわからない。 「ポッポ、大丈夫か!」だが、その聞き覚えのある声に、小鳩がすばやく反応した。バッグを掴み、ドアに向かって駆け出す。 「勇輝!どこ?」「こっちだ!わかるか?」未だ視界のきかないドアの前で、2人の手が、必死に宙をさまよう。そして、それが触れた瞬間、小鳩の小さな手首を、勇輝の小さな手が、それでもしっかりと握り締めた。 「逃げるぞ!」「うん!」背後で光一郎が何か叫ぶのが聞こえたが、2人は振り返ることはなく、非常階段から、外へ駆け出していった。 2人は、爆発寸前のビルから遠ざかるように、何度も後ろを振り返りながら、手をつないだまま走り続けた。勇輝が、小鳩が靴を履いていないのに気が付く。 「これ、使ってくれ、ちょっと汚いけど」そういって勇輝が、カバンから運動靴を取り出す。小鳩が大きくうなずいて、それに足を入れる。 「うん、ピッタリ!」小鳩がちょっと笑って、それからまた、2人は手をつないで、走り出した。 つづく |