「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」

   32 デート!(2)

 その遊園地は、平日にもかかわらず、かなりの賑わいを見せていた。歓声、笑い声、世の中の、ありとあらゆる楽しいものがここに終結し、何かをねだって泣きわめいている子供の声でさえ、楽しそうに聞こえてくる。こんな場所で冴えない顔をしているのは、勇輝くらいなものではないだろうか。
「ダイジョブか〜」恵理子が笑いながら、手扇で勇輝に風を送る。
「どうだ、すっごいだろ」「とんでもね〜・・・」恵理子がいきなり、最強レベルのジェットコースタに乗せたようだ。そのベンチでは、勇輝が完全にダウンしていた。だが、
「5分!5分待ってくれ、もう1回乗ろう!」「おっ、やる気だな」
それで火がついたのか、結局2人は、園内のコースターを、完全制覇した。
続いては観覧車だ。足が震えている恵理子とは対照的に、勇輝は高いところは、全く苦にしないらしい。遠い目をして、ずっと窓の外を見ている。
「どした?何か見えるか?」
「特に何ってわけじゃないけどね」言いながらも、首の方向は窓に向かったままだ。あまりロマンチックなことは無いが、恵理子も勇輝と同じ方を見る。
「ここからならさ、俺の町がみえるかな・・・」
「見えるわけ無いだろ」恵理子が笑って答える。
「いや、でも、俺、結構視力いいし・・・」「いや、絶対見えない!」
「なあ勇輝、お前もしかして、故郷に帰りたいのか・・・?」
「・・・そんなことないよ、俺、ずっとここにいたい」
「お前さえよかったら、ずっと、ウチにいてもいいんだぞ・・・」
「ありがと・・・」勇輝は少し考えて「でも、やっぱりそういうわけにはいかないよ」
「俺さ、やっぱり独立しなくちゃいけない、いつまでも、恵理子に迷惑掛ける訳にはいかないよ」
「迷惑なんて、そんなことない!」
「うん、わかってる」勇輝が、小さく笑う「だからこそ、俺、絶対、一人前になる、一人でやっていけるようになる」
「勇輝・・・」
「だから恵理子、その時は・・・」
だが、そこで観覧車は地上に着いてしまった。係員にせかされるように、2人は、ゴンドラを降りた。勇輝は何を言いたかったのだろうか。聞きたいようで、聞きたくないようで、2人の間を、気まずい空気が流れる。だが、次の瞬間、派手な音を立てて、勇輝の腹時計が空腹を告げ、恵理子は吹き出してしまった。
「勇輝、メシにしよっか」「だな」
「で、勇輝、弁当は?」「あ、えと・・・カバンの中だ!」

「恵理子、あれ、何だろ」食事を終え、2人は再び、園内を歩く。
「ん? 何って、ただの野外ステージだろ」
「ラッキー、いいとこ見っけ♪」
「お前、まさか」「俺ちょっと、着替えてくる!」
「なあ、おい、勝手に使っちゃ、まずいんじゃ・・・」だが、恵理子が止めるのも聞かず、勇輝はトイレへと駆け出していく。仕方なく、恵理子がその客席の最前列に座って待っていると、いつもの正装で固めた勇輝が戻ってきた。
「誰も来てないぞ」
「大丈夫!いつも最初はそうなんだ、恵理子、ちゃんと盛り上げてくれよ」
そう言って勇輝がステージに飛び乗る。そして、ただ一人の観客である恵理子に向かって、深々と頭を下げた。
「本日は、ようこそお集まりいただきました。それでは、どうぞ最後まで、ごゆっくりとお楽しみください」
こうして、勇輝のステージは始まった。恵理子が拍手を贈り、歓声を上げると、最初まばらだった観客も、その騒ぎに徐々に集まり始め、5分もしないうちに、かなりの盛況を見せた。こうなれば、あとは一気だ。人が人を呼び、あたりはいつの間にか、勇輝にやんやの大喝采を浴びせていた。おそらくは初めてだろう、これほどの大観衆、だが、勇輝はそれに臆することなく、かえって、気持ちよさそうにマジックを披露していく。そんな勇輝を、恵理子はどこか誇らしく眺めていた。この小さなマジシャンは、私の彼氏なんだぞって、ステージの上で叫びたいような衝動にかられる。その拍手が、まるで、自分たち2人を祝福しているような、そんな不思議な快感に身を委ね、恵理子はいつの間にか、目を閉じていた。
「じゃあ、今度は、誰かに手伝ってもらおうかな・・・」そう言って、勇輝が辺りを見渡す。「じゃあ、そこのお姉さん」
周囲の視線が、一気に恵理子に集中し、そのただならぬ雰囲気に、恵理子は慌てて我に返った。勇輝がステージの上から、優しく笑いかけて手招きしてくる。
「はい、拍手!」勇輝の号令に、一斉に拍手が巻き起こる。突然の出来事にとまどいながらも、恵理子はステージに上がった。
「お姉さん、お名前は?」「松田、恵理子です・・・」
「恵理子さんですね、それでは、彼女に手伝ってもらいます。よろしく!」そう言って、勇輝が恵理子の背中をポンと叩いた。
「ところで恵理子さん、何か、変じゃありませんか?」「え?」
言われてみて、初めて気がついた。何か胸元が緩むような感覚に、恵理子が慌てて胸をおさえる。みると、勇輝が恵理子のブラジャーを手にしている。
「恵理子さん、Bカップですか、まあ、普通ですかね」
「勇輝!てめえ!」「あっ、バカ!」
一瞬の沈黙、ステージ、客席、全てが凍りついたように、その動きを失った。何が起きたのかわからない後方の客から、どよめきがおこる。
「スイマセンでした!」勇輝が、地面につきそうなくらい頭を下げる。その勢いに圧倒されるように、恵理子も一緒に、ステージ上で頭を下げている。
「今日はおしまいです、ホントに申し訳ありません」
「何、何だったの?」「いや、なんかグルだったらしいよ」惜しむ声と罵る声の交じり合う中、これ以上の演目はないと悟った観客が、ゆっくりとステージから散らばっていく。
「困るんだよね、勝手に使われちゃ・・・」結局、最後に残ったのは、ステージ上の2人と、制服の警備員だけだった。

   つづく

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