「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」

   33 空を飛ぼうよ!

 その後、警備員室に連れて行かれた恵理子と勇輝は、たっぷりのお説教を食らった挙句、園外退去を命じられてしまった。予想外に早く、遊園地を後にすることになった2人は、まだ時間もあるので、引込み線から本線の駅まで、歩くことにした。
「どうして恵理子は、いつも俺のステージをぶち壊すんだよ・・・」勇輝が苦笑いを浮かべる。
「悪かったよ、お前がいきなり、あんなことするから」恵理子は、少し申しわけなさそうにしている。
「なあ、だからって、止めることはなかったんじゃないか?」
「ああ、それはね、マジシャンのおきてだから、1つでもタネがばれたら、それ以上、ステージを続けちゃいけないんだ」
「なるほどね、厳しいんだ」「うん・・・」
2人は、川原の土手の上を、ゆっくりと歩いている。
「ところで勇輝、あれ、どうやったんだ?」
「ん? あれって?」
「いや、だからその、あたしの、ブラを・・・」「ああ、あれね」
「あれさあ、実際に抜き取ってるわけじゃないんだよね、恵理子の背中を叩いただろ? あの瞬間、背中のホックを外してやるだけ」
「そうすると、女の人は、反射的に胸をおさえるよね、その時に、あらかじめポケットに用意してあるブラを取り出せば、お客さんには、俺が抜き取ったように見えるってわけ」
「うん、やられてみて、それは、何となくわかった」恵理子がうなずいている。
「ただ、あたしが訊きたいのは・・・」そういって、恵理子が自分のポケットから、ブラを取り出した「こんなもの、どこで用意したかってことなんだけど」
「あ、それは、その・・・ちょっと引き出しから・・・」
「てめえ! そういうことをするんじゃねえよ!」
「や〜い、Bカップ!」
「あったまきた!待てコノヤロ!」
2人がじゃれ合いながら、土手の上を駆けてゆく。やがて走り疲れて、2人は土手の斜面を利用して、草の上に仰向けに寝転がった。空色よりもさらに深さを増した、真っ青な空を、小さな雲が、ゆっくりと流れていく。
「なあ、恵理子」「ん?」
「空を、飛びたいって、思ったこと、あるか?」
「空・・・空かぁ、うん、あるな」
「あいつらともさ、話してたんだ、いつか、自由に空を飛びたいねって」
「黄色い太陽に向かってか?」「ああ」
「うん、まあ、そういうのもいいんだけどさ、俺が言いたいのは、もっとこう、具体的に、空を飛ぶって話」
「なんだよ、それ、ハンググライダ−でもやりたいのか?」
「いや、道具なんて、一切いらない、自分の体一つで、空を飛ぶんだ」
「そんなこと、出来るわけないだろ」「そうかなあ」
「例えばさ、右足が落ちる前に、左足を上げるって言うじゃない?」
「アッハハ、無理無理」
「それが出来るんだよ、ここを使えばね」そう言って、勇輝が立ち上がる。
「ホラ、恵理子も、立って立って」勇輝に促がされて、恵理子も立ち上がった。
「滑走路は、ここです」勇輝が今まで自分たちが寝ていた土手を指差す。「はあ?」
「土手を駆け下りるのは、急すぎるし、土手の上を水平に走っているだけでは、いつまでたっても飛ぶことなんて出来ない」
「だから!」勇輝が恵理子に笑いかける「この土手を、斜めに駆け下りるんだ」
「お前、何言ってんだよ・・・」
「まあ、とにかく、やってみようか」突然、勇輝が恵理子の手を掴んだ「いくぞ!」
そう言って勇輝が、恵理子の手を引いて斜面を走り始めた。
「お、おい、ちょっとまて、なあ!」驚いた恵理子が、それでも何とか付いていく。
「な、ちょっと、転ぶ!危ないって」
「下を見るな!飛べる飛べる!」2人は斜面の勢いに乗って、さらに加速していく。
「ああ、やばいやばい」恵理子の足がもつれ始める。あまりの加速に、体がついてこない。
「がんばれ!もうちょっとだ!」そういう勇輝も、そろそろ限界にきている。不揃いに動く4本の足、だが、そのいずれもが、しっかりと地面を捉えることが出来ない。
「うわっ!」「だあ!」ついに勇輝の踵を恵理子が踏んでしまい、2人は勢いあまって、草の上に投げ出された。
「いってえ〜」恵理子が頭を抱える。
「なあ、今!今、飛んだよな!」勇輝が興奮気味に、恵理子に駆け寄ってくる「俺確かに、両足浮いたもん」
「あたしは・・・飛んだのか転んだのかわかんないや」
「いや、絶対飛んだ!」
「恵理子、どっか怪我してるか?」「ああ、それは大丈夫、草の上だからな」
「うん、よしよし、それがわかれば収穫だ」勇輝が一人で納得している。
「草の上だから、転んでも怪我しないことはわかった、だったら、次はもう少し、高く飛べるよ!」勇輝が恵理子の手を引いて、土手を上がってゆく。
「さあ、もう一度だ」「いいよ!」
勇輝には、ああいったが、本当は恵理子も、少しだけ、空を飛んだような気がしていた。
「3・2・1・GO!」2人は再び、両手を広げて、斜面へと駆け出していった。

 そんなことをしているうち、家に着く頃には、あたりは真っ暗になっていた。部屋の電気を点け、荷物を置く。
「なあ、勇輝、夕飯、どうする?」勇輝の方を振り返った恵理子、だが、彼の顔が、真っ赤になっているのに気付く。夜道では、全く気付かなかった。
「お前、どうした」恵理子が心配そうに駆け寄る「大丈夫、たいした事無い・・・」
「大丈夫ってお前、やっぱり風邪引いてんだろ!」「ああ、そうみたいだな・・・」
恵理子が頭を抱える。こんな勇輝に気付かず、一日中連れまわしてしまった。
「とにかく、着替えろ、な? 今日はベッド貸してやるから」「ああ、悪いな」
「食欲は?大丈夫か?」「ああ、それはもう、いつでも」勇輝が力なく笑う。
「ああ、じゃあ、何か作ってやる、それまで、ちょっと横になってろ」
だが、そうはいったものの、何を作っていいものかわからない、とりあえず、お粥を大量に火にかける。だが、その準備を待ちきれずに、勇輝は呼吸を荒くしたまま眠ってしまった。恵理子が、濡れタオルを勇輝の額に乗せ、紅潮した彼の顔を見つめる。
「まったく、無理しやがって、遊園地くらい、今度でもいいじゃねえか・・・」
だが、苦しそうに眠る彼が、それに答えることはなかった。

   つづく

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