「続・リップスティック 〜 それぞれの場所へ 〜」

   4 新生活

 世間には、5月病などという言葉があり、新生活を始めた者にはこの時期、ここまでの疲労が、一気に襲いかかるなんてこともめずらしくないのだが、通学カバンを振り回しながら歩く、関口知佳(せきぐち・ちか)、鈴丘小鳩(すずおか・こばと)、佐々木奈美(ささき・なみ)の3人には、とりあえず、そんなものは無縁のようだった。
「ねえ、ポッポ、どうする? 今度の新歓合宿、行くでしょ?」
並んだ3人の中で、一番長身の知佳は、膝丈まで短くしたスカートを翻し、後ろ向きに歩きながら、小鳩に話しかけた。
「う〜ん・・・」
「ああいうのってさ、やっぱ、行っておいた方がいいんじゃないの、何かと、ねえ?」
同意を求められた奈美も、「そうそう、最初が肝心なんだから」と後押しするが、
「そうなんだけど・・・」と、小鳩は未だ、決められずにいた。
「もういい、私、明日、参加に○して出しておくからね、3人分」
「あ、ちょっと! ねえ・・・」
「・・・冗談よ、でも、早く決めなよ、今週、締め切りだからね」
「うん・・・、わかってる・・・」
本当は、小鳩も合宿に参加したいと思っていた。天文部は、校内でも有数の、実績あるクラブの一つで、去年の研究発表界でも、6年連続の最優秀賞を受けていた。部員は総勢20名ほどで、今年の新入生は、小鳩たち3人を含めて、8人が入部していた。新歓合宿は、一応、自由参加ということになっているが、ほとんど強制に近く、ここに参加しないと、部内で取り残されてしまうだろうことは、小鳩も十分わかってはいた。では、彼女が何を悩んでいるのかといえば・・・。
 突然、3人を遮るかのように、けたたましい電子音で、キューティーハニーのテーマが流れた。小鳩はあわててカバンの中を探り、画面に見慣れた電話番号が表示されているのを確かめてから、ゆっくりと着信ボタンを押した。
「もしもし、ママ? うん、今学校終わったところ・・・」
「またママだよ」知佳の首をすくめるような仕草に、奈美も顔を見合わせて微笑み、小鳩は真っ赤になって、2人から二歩ほど後ずさりした。

 中学時代、ずっと登校拒否をしていた小鳩が、両親に高校に行きたいと告げたのは、児童自立支援施設での、面会時間だった。その時の両親の喜びようといったら、未だに施設職員たちの間で、語り草になっているくらいなのだが、そのあと、彼女の口から志望校として「光文館女子学園」の名前が出ると、事態は一転した。「光文館女子学園」自主、自学、自立、を基本に据え、学業は言うにおよばず、その生活習慣から情操教育にいたるまで、社会に通用する人間の総合的育成をめざす、カソリック系の女子高校、まあ、ここまでなら、何の問題もなかったのだろうが、その問題とは、この学校が、全寮制であるということだった。やっと自分たちのところに戻ってきてくれる、ちゃんと学校にも行ってくれる、そう喜んでいた両親を奈落の底へと突き落とす、突然の"家出宣言"、当然、両親は猛反発した。彼らは「そんな所に行くくらいなら、学校なんて行かなくていい!」とまで言い出してしまい、「本人の希望なんですから、できるだけ尊重して・・・」と、ついには、施設職員や、児童相談所の担当官まで巻き込んでの大論争、結局2ヵ月後に、彼女と両親との間で成立した、ギリギリの妥協点、それが、
「いい? 1日1回、必ず連絡しなさいね」この携帯電話だった。

「でもさあ、考えようによっては、うらやましいよねぇ〜」
小鳩の携帯を見つめながら、奈美が言う。
「それだけ両親に愛されているってこと?」聞き返す知佳に
「それもあるけど・・・」言葉を途切った奈美に、2人の視線が集まる。「そのケータイ、親持ちなんでしょ」
うなずく小鳩に、知佳はなるほど!といった表情で手を叩いた。
「そっか、これから、電話はポッポに借りればいいんだ!」
目を輝かせる知佳に、小鳩も「うん、どんどん使ってやってよ!」と、イタズラっぽく笑った。

 3人の暮らす寮は、3つある学生寮のうち、一番古いものだった。一学年に一棟が割り当てられているため、三年生が抜けた棟に、新一年生が入居するという仕組みになっている。この棟だけは、他の2棟とは違って、木造であり、夏は暑いし、冬は寒い、しかもウワサでは幽霊まで出るという。学校に一番近いというのが、せめてもの救いだった。部屋は2人で一部屋を使うことになっていた。奈美と小鳩は同部屋で、そのとなりには、知佳の部屋があった。「じゃあね」廊下で手を振って、3人は2つの部屋に分かれた。

「ねえ、何悩んでるの?」制服を着替えている小鳩に、ベッドに腰掛けた奈美が、後ろから声をかけた。
「何が?」
「何が?じゃないでしょ、合宿のこと、気にしてるのは・・・両親のこと、それとも・・・」
「何よ」ちょっとふくれっ面をした小鳩に、ニヤッと笑って、奈美が続ける。
「それとも、国見台高校との、合同合宿だから?」
その言葉にちょっとドキッとした小鳩は「ん〜、どうしたのかなあ、こばとちゃ〜ん♪」と、ニヤニヤしながら近づいてくる奈美を、ハイハイとベッドに押し戻して、顔を洗うためにドアの方に向かった。それから思い立ったようにクルッと振り返り、楽しそうにこっちを見ている奈美に「その両方・・・」と微笑んで部屋を出た。奈美も笑ってうなずいた。

   つづく
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