「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」  〜 Chapter1 真白編 〜

   13 禁断の夏みかん

学校は終業式を待たずに、ぼんやりと春休みに入っていた。
一応、球技大会なるイベントを3日間もかけて盛大に行っていたりもするのだけど、2−A女子ソフトボールチーム「ジューシー・フルーティーズ(恥ずかしい名前だなあ)」は、私が必死にベンチを守った甲斐もむなしく、緒戦で敗退していた。
男子はどうやら勝ち進んでいるみたいなので、それを応援していてもいいのだけど、ラグビーというのは、なんだか集団で相撲を取っているようで、どっちが勝ったのか、決まり手は何なのか、全くわからない。
「ねえ育美、なんで今のは3点で、さっきのは2点なの?」
「知らないわよ、そんなこと」
「だってそんなの不公平じゃない」
「知らないってば、とにかく、そういう決まりになってんの!」
「でも・・・」「ああ、もう、うるさいなあ!」
育美は、彼氏がケガでもしないかと、気が気でないらしい。私の事なんか、全く相手にしてくれない。左手に救急箱、右手には空のペットボトルを持ち、盛んに叩いて応援している。
どっちかと言えば、私はペットボトルの方が心配だ。
私、ちょっと外れてるね。育美の背中にそう言い残して、私はグラウンドを後にした。
特に試合のない生徒は、朝の出席を取ったら帰っても構わないのだけれど、なんだか男子は頑張っているので、さっさと帰るのも感じが悪い。仕方なく図書室に向かうと、室内は、私と同じような理由の生徒たちで、そこそこざわついていた。
本を手に取り、日当たりのいい読書席を求めて窓際を歩いてみるけど、だいたいどこも埋まってしまっていた。こらこら、そこのキミ、寝るんだったら教室にいきなさい。でも、私もこんな席に座ったら、きっと寝てしまうと思うけど。
一番奥の席に、やけに日当たりのいい場所がある、と思ったら、輝いていたのは山元先生だった。時間は11時、エビ天まであと1時間くらいかな、なんて考えていたら、目が合ってしまった。
「お、井川、お前も読書か?」
「はい、私のチームは、負けちゃいましたから」
すぐに立ち去ろうかとも思ったけど、先生が、まあ座れと、立ち上がってイスを引いてくれるものだから、思わず座ってしまった。曇りガラスの仕切り版に挟まれて、先生と向かい合う。占いの館にしては、ちょっと日当たりが良すぎるなあ。
「井川、何読んでるんだ?」
「え、えと・・・」と、手にした本を見る。「酔夢500日戦争 〜アルコール依存からの脱出〜」トモのことを考えてるうち、こんな本を手にしていた。やば。
「お前、すっごいの読んでるな」
「なんでも良かったんですよ、枕になれば」笑ってごまかしたら、先生も笑ってくれた。
「うん、でも、井川はなんとなく、読書が似合うな」
「テニスは似合いませんか・・・」
「まあそう言うなって、お前も、いつでも戻ってきていいんだぞ。もうすぐ1年生も入ってくるし、そしたらまた一から、一緒に練習すればいい。何もみんながみんな、試合を目指すことはないんだから、お前の気分転換になれば、それでいいんだぞ」
「はい、ありがとうございます・・・」
「うん、じゃあ、待ってるからな」
そういうと、先生はまた、本に目を落とした。特に用があって呼び止めたわけではないらしい。でも、せっかくだから、私も少し、ここで読んでいこうかな。
「先生は、何を読んでるんですか?」
「井川、あのな、図書館には図書館のルールがあってな、他の人に、何を読んでるのかって訊くのは、いけないことなんだぞ」
「先生が先に訊いたんじゃないですか!」
「アッハハ、そうそう、お前そんとき、困った顔したよな。そういう経験をしてこそ、身に染みてわかるものなんだな、こういうのは」
「そんなあ・・・」そんないいかげんな教え方があるかってば・・・
「悪かった悪かった、俺のも教えるから、これでおあいこな」
そう言って、先生は本を立てて、背表紙を私の方に向けた。「高層気象学概論」う〜ん、こっちの方が、さらに枕には向いていそうだ。
「ずいぶん難しそうな本ですね」
「俺はな、気象予報士になりたいんだ」
「気象予報士ですか」
「井川お前、予知能力、あるか?」「えっ?」
「例えばさ、俺が「明日どこかで、飛行機が墜落する」って言ったら、お前、信じるか?」
「えっと・・・」「信じないよな」「はい・・・」
「じゃあさ、もし、天気予報で「明日は雨ですよ」って言ったら、お前、傘をもってくるだろ? この違いは何だ? やってることは、どっちも未来予知なんだぞ」
「う〜ん・・・」
「もうすぐノストラダムスの大予言の日がくるだろ、でも結構、本気ではだれも信じてないよな、あれって。結局さ、俺もノストラダムスも、信じてもらえないのはきっと、根拠に乏しいからなんだ。天気予報みたいに、きちんと根拠があって、当たった当たったありがとうって実績を積み重ねて、それで初めて、みんなに信用してもらえる未来予知ができるんだ」
「明日は、雨です。今年の夏は、いつもの年より暑いです。この台風は、ますます発達するから気をつけましょう。100年前はさ、こんなこと言っても、誰も信じなかったんだよな。それが、今はもう、あたりまえになってるわけだ。たった100年だぞ、100年。だからきっと、今に、地震だって、噴火だって、もっともっと正確に予報できるようになるんだ。誰もそれがデタラメだなんて言わなくなる。すごいことだろ、人間は、科学の力で、未来予知をも可能にしてしまうんだぞ!」
「先生、先生ってば!」先生は、気象予報の素晴らしさを、雄弁に語った。そして、だんだんと声は大きくなり、周囲の目線が集まってくる。先生も、ようやくそれに気付いて、恥ずかしそうに、シーっと人差し指を立てて笑った。
「でも、先生って、社会の先生ですよね」
「社会科の教師が、気象予報士になっちゃまずいか?」「そんなことは・・・」
「だろ? だったらいいじゃないか。歴史もわかる、現代社会もわかる、そして、未来もわかる。どうだ?俺って、すごい教師だと思わないか?」
「じゃあ、気象予報士になれたら、そう思ってあげますね」
「キビシイなあ・・・」
でも、本当にすごい先生だと思った。未来がわかることが、じゃなくて、先生になって、それでもまだ、さらに夢に向かって勉強していけるその向上心が。そういえばリカも、この先生はいい先生だって言ってたっけ。
あ、そうだ、それで思い出した。
「ところで先生、ひとつ訊きたいことがあるんですけど」

   つづく
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