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「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」 〜 Chapter1 真白編 〜 2 プロローグ(2) 3月になると、ほとんど授業らしい授業は無くなってしまう。 3年生が卒業した校内は、重荷の取れた2年生が、桜より一足早く満開になって、校内を高らかに闊歩し、1年生は、まもなくやってくる後輩の予感にざわつきを抑えられずにいた。 学校はたいした行事も無く、午前中で放課になり、クラスメイトは弾けるように、それぞれの活動へと飛び出していった。 この季節特有の、どこか軽やかなリズム、でも、私は、もう少し教室にいたかった。 2年A組、一番窓際の席は特等席、A組は校舎の一番端にあるので、一日中、良く陽があたる。 もうすぐ手放してしまうのが惜しいくらいだ。 窓越しに背中を照らす春の日差しが、紺色の冬服をとびきりのブランケットに変えてくれる。机に突っ伏して、首を窓の方に向ける。教室の埃がキラキラと光って、楽しげに私の周りを飛び回った。 こうして日だまりで丸くなっていると、まるで自分が猫になったような気がする。 目を細めて、髪の毛の焼ける匂いにフンフンと鼻を鳴らす。 耳元の髪が風になびいて鼻の下をくすぐり、甘えるように上唇をとがらせる。 「ネコになりたいな・・・」 それは猫にだって、つらい事や、悲しい事はあるだろうけど、でも、なんか猫って、すごく楽しそうだ。 ゴハンはすごくおいしそうに食べるし、昼寝はすごく気持ちよさそうに眠る。鳴く時は鳴いて、怒る時は怒って、その時の気持ちを、目いっぱい出してる。 だから絶対、どんな時でも、猫は楽しいに決まってるんだ。 私は、いつの頃からか、笑うときも、怒る時も、泣く時も、いつも自分を抑えてきたような気がする。 猫よりもちっぽけな私。 大人になるって、こういうことなのかな・・・ カラダはどんどん大きくなるのに、ココロはどんどん小さくなって・・・ 「真白もたまにはおいで! 大丈夫だよ、もう先輩もいないんだからさ!」 突然、声が掛かる。育美だ。 教室内の私に向かって、廊下から小さくラケットを振って手招きしている。 「うん・・・、今度ね・・・」 「OK! 待ってるからね!」そういって、育美は廊下を駆けていく。 育美は、私が高校に入って、初めての友達だった。 席が前後だったこともあるけど、最初から、どこか気が合って、よく話をした。 私が授業を受けていると、決まって後ろの席の育美が、私の髪をいじり始める。 育美は子供の頃からずっとショートカットで、だから、私の髪に憧れているらしい、私だって、そんなに長いほうじゃないけど。 何かやってるな〜とは思っても、授業中だから、振り向くわけにはいかない。 育美が髪に触れるその感触が心地よくて、そのまま身を任せていく。 授業が終わると、2人でトイレに駆け込んで鏡を見た。 今日はどんな髪型になっているだろう。 ある時は、おさげ髪になっていたし、ある時は、ポニーテールになっていた。小さなリボンがいくつも結んであったり、毛先に軽く色が付けてあった事もある。 でもさすがに、外巻きカールにされていたときは、本気であせった。 「気付けよ〜!」育美がお腹を抱えている。どんなにブラシを入れても、元に戻らない。 スプレーで固めてあるらしい。ホントに気付けよ、私・・・。 育美に誘われて、私も、硬式テニス部に入った。運動は苦手だったし、家の手伝いもあるから、無理かなとも思ったけど、育美と一緒だったし、テニスなら何とかなるかなと思って、入部した。 お母さんは、私がテニス部に入ったことをとても喜んでくれて、デパートでいちばんいいラケットを買ってくれた。 「私、ヘタクソなんだから、安いのでいいよ」 「何言ってんのよ、ヘタクソだから、いいラケットを使うんでしょ」 お母さんは、自分の物を買うかのように、店員さんに何度も話を聞いて、でも結局、私はやっぱり、朝練に参加できなくて、半年もしないうちに、部活には行きづらくなってしまった。今は全く行っていない、お母さんには、内緒にしてるけど。 育美はああ言ってくれるけど、他のみんなは、いまさらって思うかもしれない。 みんな大会に向かって、一生懸命練習してるのに、私だけ遊びに行くようで。 育美、ゴメンね・・・。私、やっぱり、出れそうもないよ。 テニスコートの脇は通りたくなくて、私は西門から大回りして駅に向かった。 駅のベンチに座り、快速を1本見送って、次の各駅停車、前から2番目の車両に乗り込んだ。 どうしていつもこうなんだろう。 学校の中、街の中、どんどん私の行けない場所が増えていく・・・。 去年の夏、私にも、彼氏ができた。 ああいう状態を、彼氏とか恋人とか呼ぶかはわからないけれど、私たちは、通学の電車で知り合って、それから、デートをした。 デートの間中、私はいつも緊張していて、何も話せなくなってしまった。 彼は最初、どんどんいろんな話をしてくれたけれど、私のリアクションが悪いので、そのうち、口数も減っていった。 「なあ、俺といて、楽しいか?」4回目のデートの別れ際、彼が訊いてきた。 私は彼といることが、すごく楽しかったから、そう答えようと思った。 楽しいよ。 いろんなこと話してくれて、いろんなところに行って。 いつも話せなくてごめんね。 今度はきっと、私の話もするから。 ありがとう、ホントに、私は楽しいんだよ・・・。 でも、言葉にならなかった。 彼からの連絡は途絶えてしまった。私から電話をする勇気も無くて、結局、それきりだった。 通学電車で彼に会うのが気まずくて、私は少し時間を早くした。 今でも、最後尾の車両には彼が乗っているような気がして、私の指定席は、前から2番目の車両になった。 できるだけ、遠くに・・・。 でも少しだけ、近くに・・・。 電車が地元の駅についた。私と、周りの何人かが降りて、同じくらいの人が乗った。 階段へ向かう私の横を、電車が駆け抜けていく。私の乗れない最後尾の車両も、何事もなく遠ざかって、あとには、ブレーキの焼けた臭いだけが残った。 改札を出ると、私は公園に向かって、家とは反対の方向に歩き出した。 つづく |