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「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」 〜 Chapter1 真白編 〜 20 20世紀のコカ・コーラ(5) 「今でも、時々考えるよ、あたしはどうして、クスリにはまっちまったんだろうなって」 そう言ってリカは、積んであった雑誌を拾い上げ、ちゃぶ台の上に置いた「マシロ、何か書くもの持ってるか?」「あ、うん」 私の差し出したシャープペンを受け取る。 「鑑別所の先生が言ってたんだ。数学で考えてみろ、1は0じゃないだろって」 リカは雑誌の裏表紙に「1≠0」と書き出す。 「マシロ、この数式、合ってるか?」「うん・・・」 「トモでもわかるよな」「バカにすんなよ」 「これって、一度でもやったら、取り返しがつかないってこと・・・?」 「でもさあ、たった1回で、はまったりしないよ。俺だって酒にハマるには、そりゃもう血のにじむような努力を・・・いてっ!」 「バ〜カ」「殴ることないじゃん・・・」 「答えは、今、まさにトモが言ったことだ。一回くらいでハマるわけないって。マシロもそう思うか?」 「・・・う〜ん、でも、みんなそう言って、のめり込んじゃうわけだよね・・・」 「まあ確かに、1回くらいでは、中毒になったりはしないよ。あたしが言うんだから、間違いない」 「じゃあなんで、止められなくなるんだろ。好奇心なんて、そのうち失せちゃうのに」 「だから、数学で考えてみろってわけだ。トモが言ったことを、数式にすれば"1=0"ってことにならないか?」 「!」 「な、すごくわかりやすいだろ?この考え方は間違ってるって」 「だからって、やっぱ1回くらいじゃハマったりしないよ!」トモは少しむきになってるみたい。 「じゃあさトモ、何回やったら、ハマるんだ?」「えっ?」 「一回は大丈夫なら、次の一回はどうなんだ?1+1だぞ、まだ0か?」 「えっと・・・」 「うん、ゴメンな、ダシに使っちまって。きっとみんな、ここが間違ってるんだ。あたしもそうだった。でも、最初を間違えちまうと、2回目も、1+1だから0なんだよ。1回目が大丈夫だったという経験が、そのうち確信に変わって、ついには1=0なんて馬鹿げた数式を正しいと思い込んじまうんだ」 「2=1+1=0 じゃあ3なら!」 「ああ、そうだ、結局どこまでも同じ、∞=0だ。おかしいと思っても、際限なく続けちまうからくりは、最初の数式を間違ったことが全てなんだ。例えばな、自分の体の異変に気付いて、もう止めようと思うだろ?でも、クスリってやつは、禁断症状が襲ってくるんだ。苦しくて、欲しくてたまらなくて、そんな時、決まって思うんだよな」 「なんて?」 「あと1回くらい大丈夫だろうって」 「!」 「ほらな、また1=0だ。悪魔の数式だよ、これを断ち切らない限り、いつまででも、そこから抜け出せないんだ」 「先生は言ってたよ、これは何も、クスリに限ったことじゃないって。例えば、書かなくなった日記とか、続かなかったダイエットとかもそう。今日くらいさぼってもいいだろう、1回くらいどうってことない、人が挫折する影には、いつもこの1=0があるんだって。人間は弱い生き物だから、そういう逃げ道ができると、どこまででも逃げちまうんだって」 「人生はね、足し算なんだって。振り返ることは出来ても、引いたり、掛けたりすることは出来ない。一度0でなくなったものは、絶対に戻れないんだって」 「・・・うん、そうだね」 一度0でなくなったものは、絶対に戻れない。リカは、どんな気持ちで受け止めたのかな。足に残る傷跡、絶望的な別れも、失った時間も。 「・・・あたしね、いつか子供が欲しいんだ。立派な母親になるよ。そのためには、子供を産める体にならないとね」 そう言って、リカは横目でトモを見る。トモはへへっと甘えるようにリカの膝の上に転がった。 「この間ね、あたし、トモにプロポーズしたんだ・・・」 「ええっ?!」 「トモはね、笑ってるだけで答えてくれなかったけど、でも、あたしの気持ちは変わらないから」 「・・・トモは・・・ねえ、どうして答えてあげないの・・・?」 「あ、いいのいいの別に、トモはトモなりに、わかってくれたみたいだから」 「・・・俺、だってまだ14だよ。結婚なんかできるわけないじゃん。別にさあ、結婚なんかしなくてもいいと思うんだよね。何が変わるわけじゃないんだし、ずっと、ここにいるんだから・・・」 「まあ、そういうことだよな」 「じゃあ、リカはなんでプロポーズしたの?」 「結婚は無理だけど、婚約はしたいなって、ただそれだけ」 「じゃあ、トモはなんで婚約してあげないの?」 「こんなアル中なんかと結婚したって、苦労するだけだぞって。まあ、考え直すなら今のうちだな」 「うん、じゃあ、やめておこうかな」 「あ、それなんかさみしい」 「??」 なんか不思議な会話だけど、でも、これでいいんだなとも思えてくる。だって2人ともすごく満足そうだから。 ラジカセから「未来予想図U」が流れる。このアルバムは、これが最後の曲、何度も聞かされて、すっかり曲順も覚えてしまった。よし、これを聞いたら帰ろう、もう外も真っ暗だしね。 "きっと、何年たっても、こうして・・・" 急に静かになった室内、リカが小さく口ずさんで、それにトモが続く。すっかり覚えた私も、一緒に声を合わせて、ついに大合唱。 未来予想図、今のリカとトモには、ピッタリかもしれない。過去にどんなにつらい事があっても、もしかしたらトモにも、お酒を止められなくなるような理由があるのかもしれないけど、でも今こうして2人で寄り添って、手をつないで未来の方を向いていれば、きっともう、心配いらないんだろうなって。 でもちょっと悔しいから、曲が終ったところでCDを抜いちゃう。 「ねえリカ、今日これ貸して!」 「ん? ああいいよ、トモいいよな」「うん!」 「だったらさ、全部持ってけよ、ドリカム、こっちはMDがあるから、それで聴けるし」 「いいの?」「ああ、しばらく持ってていいよ」 ちゃぶ台の上には次々と、これが1st、これが2nd・・・5thが一番売れたんだよな・・・呪文のように唱えながらCDが積まれていく。アメ横だったら全部で1000円になりそうだ。結局、アルバムが9枚と、その上にちょこんとシングルが1枚。 「これは?」 「ああ、"雪クリ"だけは、アルバムに入ってないんだ。いい曲だから、シングルで聴けな」 ありがとう。でも、薄いと思ってたCDも、カバンに詰めると、意外にかさばる。通学カバンは5枚で限界、あと4枚は、ラケットのケースの中に両側2枚づつ、なんだか危ないクスリの密輸みたいだ。シングルをセーラーの胸ポケットに挿して準備完了、頭が少し出ちゃうけど、まあいいか。 「じゃあ、また明日ね」「ああ」「ばいば〜い」 「トモ、飲みすぎちゃダメだよ」「は〜い、ママ」 「ちぇっ、マシロにはいい返事だなあ・・・」 「あは、トモはイイコね、リカと違って!」 「あ、そういう差別、子供は傷つくんだぞ〜」 「じゃあねリカ、また明日の朝、起こしにくるからね」「ああ、頼むよ」 玄関先で、いつまでも帰れない。私はいつもそうだったな、校門でも、公園でも、何回もバイバイって言いながら、誰も帰ろうとしないんだよね。 つづく |