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「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」 〜 Chapter1 真白編 〜 24 モモ・クリ・ベイビー その日、私は、朝から公園のベンチにいた。 さっきまでワイワイと騒いでいた子供たちは、その喧騒もそのままに幼稚園の送迎バスへと吸い込まれていき、見送りのお母さんたちも、やがて解散していった。 再び人気の無くなった公園、せめて車の一台でも通ってくれればよかったのに、今日に限ってはネコも歩かない。世界中で生きてるのは私だけなんじゃないかって、そんなバカなことを考えてるうち、ホントに1人でいることが怖くなってきちゃったりして。 見上げれば、いつものアパート。リカの部屋には、カーテンが引かれていて。 私は大きくため息をついて、腕時計に目をやる。時間は、もう8時30分、いつもなら、リカを起こして、とっくに仕事に出かけている時間だ。 ではなんで、私がこんなところにいるのかといえば、今日はリカが仕事休みで、起こす必要が無いから。 すっかり忘れていた。覚えていれば、もっとゆっくり寝てられたのに。 そして、リカの部屋に入れない理由はもう一つ・・・ううん、たぶん理由はたった一つなんだろうな・・・ 胸の鼓動が治まらない。わずか30分前にみた映像が、早くも現実味を失ってきて、代わりに、おおきな妄想になって私の頭を埋め尽くしていた。きっとすごく幸福で、生々しくて、ただ驚いて、嬉しさと寂しさと羨望と軽蔑と嫉妬と・・・あらゆる感情が、ただ私の孤独感を煽っているだけのような気がして、まともに顔を上げることも出来なかった。 だんだん高くなる太陽の光がなぜだか恥ずかしい。どっかで聞いたことあるな・・・「うれしはずかし朝帰り」か、そうだね、こんなときは日陰に逃げればいいんだけど・・・ だから遠くから、スチールの階段をサンダルで降りてくるリカの足音が聞こえたとき、私は泣きつかんばかりに嬉しかった。でも、あえて動揺を取り繕うように、私は努めて冷静を装った。近づいてくるリカも、どこか照れくさそうに伏せ目がちに歩いてきて、私の隣にゆっくりと腰をおろした。 こんな時、先に口を開く勇気があるのは、やっぱりリカの方だ。 「悪かったな・・・あんな所。今日休みだって言わなかったっけ?」 「・・・うん、聞いてた。私が悪いの、ゴメンね、忘れてた・・・」 私とリカは、さもたいしたことではないように、ゆっくりと話していた。 そう、たいしたことではないんだ。私はいつもどおり、リカの部屋を空けて、それでまた、いつもどおりリカとトモが寝ていて、ただ少し違ったことは、2人が同じベッドに寝ていて、そして、2人は裸で抱き合っていた、ただ、それだけのこと・・・ 「トモは・・・?」 「・・・うん、また寝ちゃった。アイツ、いつもそうだ。てんで体力無いんだから・・・」 「そう・・・」 「さて!」リカが勢いをつけて立ち上がる。まるでそうでもしないと体が動かないかのように、無理に自己流のストレッチみたいな事をした。戻ろう、とリカが合図を送ってくる。でも、私はなんだか、立ち上がる気にはなれなかった。もう少しここにいたい、というよりは、まだトモに会いたくなかったのかもしれない。自分で起きて、服を着て、いつものトモに戻るまで、もう少しだけここに。 リカもやがてあきらめて、もう一度ベンチに座った。 「あたしさあ、トモの子供が欲しいんだよね・・・」リカは宙を見上げて、まるで独り言のよう。「あいつに似ても、あたしに似ても、きっと可愛いぞ」 そこでリカと目が合って、私は今日始めて笑った。 「でも・・・たぶん無理だろうな・・・」 「・・・・・・?」 「医者に言われたんだ。少なくとも3年、絶対に子供は作るなって」 「それって、クスリ・・・?」 「・・・ああ、流産の危険もあるし、なにより、子供に障害が残るかもしれないって」 「そうなんだ・・・」 「3年・・・あたしは平気だけどさ・・・トモが・・・」 「どうして・・・?この前婚約だってしたじゃない。私、結構感動したんだけどな」 「うん・・・そう、そうなんだけどさ、その・・・そういう意味じゃなくて・・・」 リカの両肩が震えている。そういう意味じゃないって、きっとホントは私だって知っている。でも、認めたくないんだ、リカも、私も。 私たちが、必死に忘れようとしている事実。目を逸らしちゃいけない事実。その領域を、リカは今、口に出そうとしている。 「あいつここんとこ、ますます悪くなってるよな・・・」 私も、頷かないわけにはいかなかった。 トモの動きは、明らかに悪くなってきてる。 昼間でも寝ている時間は長いし、トイレに行くのだって、壁に手をついて、辿るようにゆっくりと歩いている。酔っ払っているだけとは違うような気がする。実際このところ、トモはあまりたくさんは飲んでもいないのに。 「あたし・・・シャブなんて、ホントバカなことしたよ・・・」リカが頭を抱えてうな垂れる。今にも泣き出しそうなほど弱々しい「こんなことになるなら・・・」 「リカ・・・」そっと背中に手を当てると、リカがとても小さく、愛しく感じられた。 こんな時、どんな言葉がかけられるだろう。 私は、リカを元気付けてあげたい、力になってあげたいって、この気持ちは本物なのに。 何か話さなくちゃいけない、今度は私から、それだけはわかってるのに。 「リカ・・・トモのお酒、止めさせてみようよ」 自分でも驚くくらい、意外な言葉が出た。あれだけ考えていたはずなのに、ポンと出た言葉は、全く予想できなかった言葉だった。 「だからそれは・・・」 「じゃあこのままでいいの?!」私が強く叫ぶと、リカは驚いたように顔を上げた。 叫んだことで、自分でも不思議なくらい湧き上がってくる。 今わかった、リカの事、トモの事、私、ずっと我慢してたんだ。 「ねえ、だからってこのままでいいの?! リカは悔やんでるんでしょ?トモに同じ思いさせていいの?」 「・・・・・・」 「ゴチャゴチャ言ってないで始めるの!手遅れなことなんてないんだから!リカ言ってたじゃない、1は0じゃないって。とりあえず一日でも止められたら、それは0じゃないでしょ?次の一日だって、止められるかもしれないでしょ?そしたら、毎日でも止められるかもしれないじゃない!」 「うん・・・」 「リカがやらないって言うなら、私一人でやるからね!」 「おいおい・・・」 とまあ、高らかに宣言してみたものの、具体的に何をすればいいのかなんて、さっぱりわからない。リカが言うように、無理やりお酒を取り上げちゃうのは、ちょっとかわいそうな気もするし。 そして、私には、もっと基本的に、疑問に思っていることがあった。 「ねえ、トモって、ホントに中毒なの・・・?」 「え?!」 「私ね、トモに会ってから、いくつか本読んでるの。アルコール依存の本もそうだし、登校拒否についても読んだ」 「トモの学校については、あたしもよく知らないんだけどな・・・」 「でもね、その本に出てくるアルコール依存の人たちって、みんなすごいの。暴れたり、自分を傷つけたり、手が震えて箸も持てなくなって、家族の顔もわからなくなっちゃって・・・でも、トモって、そういう感じが全然ない。なんて言うのか、ただのお酒好きって感じで、いつも楽しそうに笑って・・・」 「うん・・・」 「それにトモって、言うほど飲んでないと思うよ、私が見る限りでは」 「そりゃマシロのおかげだって、お前がいてくれるから飲まないんだよ。マシロが来る前はさ、あたしが仕事から帰ってくると、一人でもうグテングテンになってて・・・」 「それ!」「?!」 「つまり、リカがいるときは、それほど飲まないんでしょ? 今わかった、それがカギだったのよ。あのね、本に書いてあったんだ、依存に陥るには、何か必ず理由があるんだって。トモはきっと、一人になると飲んじゃうのよ」 「どうして・・・かなあ?」 「それは・・・わからないけど、でも、絶対トモなりに事情があるんだって」 「・・・じゃあ、今のままがいいってこと?」 「そうね、出来る限り、誰かが一緒にいてあげること。私が春休みの間は、昼間ずっといられるから、問題はそれからよね」 「あたしは仕事で、マシロも学校で・・・そっか、その間か・・・」少し深刻そうな顔で考えて、でもリカは突然、何か憑き物が落ちたように、コロっと笑った「じゃあ、保育園でも入れちゃうか」 「はあ?!」 つられて私も笑うと、開いた口から冷たい空気が流れ込んで、全身が震えあがった。 この感じ、すごくいい。夏休みの朝、ラジオ体操に出かけるときみたい。家の中より、外の方が絶対に涼しくて、早くみんなに会いたくて早足になる。 笑うことは、ドアを開けることに似てるんだね。トモは窓を閉じちゃったけど、だからその分、私たちは、トモと一緒に笑ってることが大事なんだ。 「私、学校終ったらすぐに戻ってくるよ」 「ああ、あたしはそしたら、夜の仕事に変えるかな、変な意味じゃないぞ。それに2・3年なら、仕事やめちゃってもいいしな」 「そんなことして、どうやって生活するのよ」 「だからほら、アレがあるじゃん、トモの宝くじ」 「あれってホントなの?!」 「さあね!」 「さあねって」 「大丈夫だよ、なんとかなるって、あたし、自信出てきた」 何か、とても嬉しい。やっぱりリカはカッコいいな。どんな時でも最後は笑って、大丈夫、なんとかなるって、そう言ってまた笑って。 気がつけば、もう太陽は真上まで登っていた。リカの部屋は、カーテンは閉まってるけど、窓は空いてる! 「リカ、戻ろ!トモ、起きてるかもしれないよ」 「うん、あたしもそう思ったところだ。あいつを1人にしちゃいけないんだったな」 それから2人同時に立ち上がって、先を争うようにだんだん早足。アパートの敷地に入る頃には、ほとんど全力疾走になっていた。並んで階段を駆け上がったところで、インコースのリカに先を越された。そのまま前後で廊下を走る。私が後ろから肩を掴んで抵抗するけど、先にドアに手を掛けたのはやっぱりリカ。でも、リカが大きく開いたドアに、先に潜りこんだのは私だから、私の勝ち! 室内には、トモがぽつんと座っていた。サングラス越しにも、びっくりした顔がのぞいている。そりゃ驚くよね・・・ つづく |