「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」  〜 Chapter1 真白編 〜

   31 マジックスープ(7)

最初、作る予定だったものはなんだったっけ。目の前に並んだ料理は、いまやその原型がないほど変わってしまった。
焼きおむすび、サラダ、焼き鮭は一つをおむすびに入れたから二切れ、それから、お味噌汁と、デザートに焼きリンゴ。
「うわあ、なんかうまそー」
「マシロ先生、本日のオススメは?」
「うん、このお味噌汁かな、メチャメチャ熱いから、気をつけて飲んでね」
箸がないので、コーヒースプーンとプラスチック製のフォーク(カップラーメンについてきたらしいけど)で食べることにする。
3人で声を揃えて、一斉に食べ始める。まずはみんな、お味噌汁に手を伸ばす。
「うわあ、これ、熱すぎるだろ」
「さっきまで沸騰してたからね。でもね、これを、気をつけながら冷まさないで飲むの。要はやけどする前に飲んじゃうってことね」
「そんな無茶な・・・」
「ま、だまされたと思って♪」
カップを口に近づけると、さっきまで煮立っていただけあって、危ないほど熱気が漂ってくる。それを、気をつけながら口に流し込む。熱さで口が悲鳴をあげるけど、やけどする前にのどへ流す。そして、のどがやけどする前に、飲み込んでお腹に流し込む。
ついに逃げ場を失った熱さが、お腹の中で大爆発する。全身に電流が走り、毛穴がめいっぱい開くような感覚に身悶えする。
「飲んだら、5秒息止めて!」
3・・・2・・・1・・・永遠の5秒を耐え忍んだら、上を向いて一気に息を吐き出そう!
「ぷはあ!」
「うめえ!」
お腹にたまった熱気が、今度は一気にのどを逆流する。いままでわからなかった味や香りが、今になって体中を包み込み、これを飲んだ人は、絶対に後ろにひっくり返る!
名付けて「マジックスープ」ホラね、みんなひっくり返ってる。
「うわ、口の中ヒリヒリする」
「バッカお前、こんな危ねえ味噌汁があるか!」
「おいしいでしょ、ね、ね」
3人とも笑いが止まらない。テーブルと座卓の一番の違いは、ひっくり返るほどおいしい時に、本当にひっくり返れるかどうかだと思うよ。
「うっめえ、これ、ヨシノヤより全然うめえ!」
「バカ、それ誉め言葉になってねえよ!」
散々笑って、起き上がった頃には、みんな汗まみれになっていた。
実は、マジックスープの効力は最初の一口目だけ、あとは普通のお味噌汁に戻っちゃうんだけどね。
それで食欲に火がついたのか、あとはもう、どの料理もあっという間に食べ尽くしてしまった。
「リカ、お茶とかあったかな」
「ん〜、コーヒーしかないけど、いいか?」
「うん、じゃあお湯沸かすね」
でも、そのお湯が沸くまでに、トモがお腹をおさえたまま後ろにひっくり返って寝てしまった。リカと私からおむすび半分ずつ貰って食べたから、トモは3つ食べたことになるのかな。
リカがトモをベッドに運ぼうとして、両脇に手を入れる。
でも結局持ち上がらなくて、私が足を持って2人で運んだ。トモは小柄なんだけど、でも中学生だもんね。女の子1人じゃ無理だよ。
サングラスを外して、ベッドサイドに置いてあげる。リカと並んで、久しぶりにトモの目を見た。幸せそうに目を閉じて、そっと息を吹きかけると、少し長めのまつげがピクピクと動いた。微笑んでリカの顔を見ると、泣きそうな笑いそうな顔で、ゆっくりとうなずいた。
「マシロ、お湯が沸いたぞ」
「うん」
お味噌汁の入ってたカップを洗って、今度はコーヒーを注ぐ。焼きリンゴにコーヒーだなんて、デザートとしては出来すぎてないかな。
「マシロ・・・ありがとな」
「・・・?」
「あたしもさ、トモがこんなに喜ぶんなら、もっと前から作ってやればよかったなって」
「・・・うん・・・あのね、今日のメニューはね、トモのリクエストなんだ。ご飯と魚とお味噌汁と、そういう普通の朝ご飯が食べたいって・・・」
「そっか・・・」
それから私たちは、これからの事をいろいろと話し合った。
禁酒計画は、常にトモを一人っきりにしないようにすること。食事は、できるだけ家で作って、みんなで食べるようにすること。それから・・・
「やっぱり、トモは家に帰るべきだと思うのよね」
「うん・・・」
「リカは寂しいかもしれないけど、でも、ずっとお別れってわけじゃないし、体を治すのだって、学校に行くのだって、まずは家に帰ることが必要だと思う」
「・・・うん、それはわかってる、でも、どうするんだ?トモは帰りたがらないと思うぞ」
「無理やり帰れって言っても、トモを苦しめるだけだと思うのね。家はどこで、なんでずっとここにいるのか、トモの口から話してくれるのをゆっくり待ったほうがいいと思う」
「ゆっくりなんて、そんな時間あるのか?」
「時間があるかどうかなんて、それもわからないよ。トモが悪くなってるのは、見ていてもわかるけど、でもトモの口からは、辛いとか、苦しいとか、一言も出てこないんでしょ?だったら仕方ないんじゃないかな」
「仕方ない・・・それで間に合わなかったとしても・・・?」
「うん・・・厳しいようだけど、それだけは、トモが自分で決めなきゃいけないことだから」
「トモが選んだ道なら・・・ってことか・・・」
「・・・うん、ここに残ってリカと暮らすことも、家に帰って、それで病院や学校に行ったりすることも、その道を、私たちが勝手に閉ざしちゃうことだけはできないから・・・」
そこまで話して、私たちは同時に天井を見上げ、大きくため息をついた。そしてまた同時に、トモの寝顔に目線を落とす。さっきの幸せそうな顔から一転して、今度は苦悶を浮かべて顔をしかめていた。布団の裾をしっかりと握りしめた両手が、何かにしがみついているようにも、助けを求めているようにも見えた。

振り切るように、私は立ち上がった。リカからお金を預かり、当面の材料を買出しに行く。アパートに帰ると、その買い物袋と簡単なレシピ書き、電話番号も書いてリカに託した。
「じゃあね、また明日」「ああ、気をつけてな」
リカとハイタッチを交わす。任せたよ、任しとけって、そんなバトンタッチ。

「真白〜!またお友達から電話!」
その夜、スナック由美のピンク電話は、臨時お料理相談センターと化した・・・。

   つづく
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