「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」  〜 Chapter1 真白編 〜

   4 エビ天のしっぽ

いつか、こんな日がくるかもしれないとは思っていた。
でも、大丈夫、大丈夫で、1年以上が過ぎていた。
覚悟が薄らいできて、大丈夫が確信に変わリはじめた頃、事件はおこった。
いつもの公園、いつものトイレ、ただ1つだけ、いつもと違っていたのは・・・
ない。
いつものトイレの上に、私のラケットがない。
ブロックから飛び降りて、今度はもっと高く積み上げる。
不安定なその上で背伸びをして、トイレの屋根が視界に入っても、やっぱりない。
「どうしよう・・・」
風が吹いて落ちるようなものではない。でも私は、いてもたってもいられず、辺りの茂みや、ゴミ箱を、必死に探し回った。
公園の外周を、腰をかがめて、食い入るように、早足で一周する、が、それらしいものは見つからない。
誰かに取られたんだろうか。もっと本格的に探すために、私はカバンを一旦ベンチに置いた・・・、と。
「あった!」
見つけた! その隣のベンチの上に、私のラケットが置かれていた。
大慌てで駆け寄って、ラケットを掴む、だけど、それはフニャっと力なく折れて、手首の方に垂れ下がってしまった。カバーだけで、中身が入っていないのだ。
「よう、これ、おまえのか?」
突然、声がした。
顔を上げると、私よりも頭ひとつ背の高い女が、私のラケットを使って、器用にボールを上下に弾いて遊んでいた。
「わるいわるい、最近、運動不足でさ、ちょっと借りてたんだ」
そう言って大きくボールを跳ね上げると、「よっと!」鮮やかなスマッシュでシュート板に向かって打ち返した。
生まれて初めての衝撃に、ラケットが喜びの快音を轟かせ、黄色いボールが女の足元に駆け戻ってくる。
「サンキュ、いい運動になったよ」
そう言って女は、グリップを私の方に向けて、ラケットを返してきた。
悪びれる様子もなく、コロコロと笑っている。なんだか無性に腹が立った。
「借りてたって・・・、私、こんな所に置いた覚えはありません!」
「そう怖い顔すんなって、知ってるよ、あのトイレの上だろ?」
「な・・・」
「ちょっと前からさ、気になってたんだ、いつも置いてあるのに、夜になると決まって無くなってる、誰が置いてるんだろうって」
「だからって、勝手に使うことないじゃないですか」
「MASHIROって、お前の名前か?」
「!」
「だから怖い顔すんなってば、グリップに書いてあったからさ、ちょっと変わった名前だな、どういう字、書くんだ?」
「あなたに関係ありません!」
「お〜こわ」女はおどけて、首をすくめてみせた。
たぶん二十歳くらいだと思う。おろせば腰くらいまでありそうな髪を後ろで束ねて、全体を淡く茶色に染めている。スリムタイプのジーンズをピッタリと穿いて、白のハイネックセーターは、ヒジのところまで腕まくりがしてあった。どことなく不良の匂いがするが、不思議と警戒感は抱かせない。
「お前、その制服、河北高だろ、なつかしいなあ〜、あたしも河北だったからさ、ま、退学になっちゃったんだけどさ」
女は一方的に話しつづけた。
「河北のテニス部って強いんだよな、ほら、顧問の、あのハゲ、なんていったっけ・・・えっと・・・そうそう、山元!山元だよな。あいつテニスに関してはやたらスパルタでさあ、ハゲのくせに。でも、あいつくらいだよ、まともなセンセは・・・。あたしの話も、ちゃんと聞いてくれてさ」
「・・・・・・」
「あいつさ、そお〜〜れでは、きょうも授業をはあ〜〜〜じめます!ってやるだろ?」
「!・・・」
「お、笑ったな。うん、あたし、山元のマネさせたら学校一だったからな。なあ、お前、笑うとかわいいぞ。もったいないから、怖い顔すんなよな。そうそう、そうやって笑っとけ。まあ、とにかくアイツは、いい先生だったよ、ハゲのくせにな」
「ハゲ、ハゲってそんなに・・・」一度笑ってしまったら、私はもう、笑いが止まらなくなってしまった。
「いやあ、ハゲはハゲだろ、あいつなんでハゲてるか知ってるか? あいついっつも職員室で、松月庵の天丼食ってるだろ、あれが原因だよ。きっと毛穴まで油が詰まっちゃってるんだ」
「山元先生って、エビのシッポ、残さないですよね」
「そうなんだよ、残すのはエビに失礼だ、とか言ってな。だったらあいつの”カシミヤの穴あき座布団”の方が、よっぽどヤギに失礼だと思うけどな」
「あれって、痔にいいらしいですよ」
二人で手を叩いて大笑いして、お腹を抱えたまま、ベンチにもたれこんだ。
不思議だった。はじめて会ったはずなのに、どこか懐かしいような親近感がある。
「なあお前、お前もテニス部なんだろ? なんであんな所に隠してるんだ?」
言われて思い出した。そうだ、私は怒っていたんだった。
「あ、あなたには関係ありません!」
「またそれかよ・・・だから笑っとけってば」
女は少し笑って立ち上がり、私の頭をポンポンと叩いた。
「じゃ、あたし帰るな、ありがと、ちょっと楽しかったよ」
「あ、いえ、こちらこそ、返してくださって、ありがとうございます・・・」
「じゃあな、マシロちゃん。明日は、もっといい場所に隠すんだな。あたしみたいのにみつからないようにさ」
そう言って女は、後ろ手に手を振って、公園の柵を左手一本でヒラリと飛び越え、やがて見えなくなった。
何だったんだろう。それにしても、よくしゃべる人だ。すっかりペースに乗せられてしまった。
何か悪徳商法にだまされたみたい。いつのまにか、私の名前までしっかり覚えて。
高校の先輩なんだろうか、でも退学って・・・。
まあとにかく、ラケットは戻ってきたんだ。見つかったのがああいう人だったことを、ラッキーだと思った方がいい。
私はラケットをケースにしまい、足早に公園を後にした。
さて困った、明日から、どこに隠そう・・・。

   つづく
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