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「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」 〜 Chapter1 真白編 〜 8 エビ天のしっぽ(5) トモが部屋を出て行き、リカと2人で残された。 「あの・・・私、なんかいけないこと言っちゃったかな・・・」 「・・・ううん、マシロは悪くない。マシロの言ってることはもっともなんだ。トモだって、きっとわかってる」 「でもなんか・・・」 「だからあいつ、怒ってなかったろ?」 「えっ?」 「結局さ、一番わかってるのは、トモ自身なんだ。あたしがトモと出会って、そろそろ2ヶ月になるけど、あいつ、日増しに変わってきてる。あいつの体、確実に悪くなってきてるよ・・・。今だってそうだろ?元気に笑ってたかと思えば、マシロに言われて、急に落ち込んだり。それだけじゃない、顔色とか、何か言ったときの受け答えの早さとか、なんだかぼーっとしてる時間も長くなってるし、毎日一緒にいるあたしが気付くんだから、よっぽどだよ」 「だったら、なおさらやめさせなきゃ!」 「うん、そうなんだ」リカがこらえるように天井を見上げる「そうなんだけど・・・」 「リカ・・・?」 「だけど、ダメなんだ・・・。あいつ、変わんないんだよ、あの笑い顔だけ・・・、ずっと・・・。あたしが仕事から帰ってきたときの"お帰りっ!"って顔、一緒にコンビニの弁当をつつくときの"うまいっ!"って顔、一緒に風呂入って、一緒に寝て、起きて、時々キスして、頭をなでて、そんなときのあいつの顔がさ、出会ったときのまんまなんだよ。この世の幸福を全部詰め込んだみたいに、顔中くしゃくしゃにして・・・リカ、ありがとうっていうんだ・・・」 「・・・・・・」 「あいつに何があったのか、何であたしと、こんな所にいるのか、あたし、よく知らないんだけど、でも、それでいいんだよ」 ついにリカがしゃくりあげ、ごまかすようにビールをあおった。 「マシロも、よかったら飲んでくれ、残すと、トモが残念がるからな」 「うん・・・」 「あたしさ・・・、お酒を取り上げたときのあいつの寂しそうな顔、もう見たくないんだよ。あいつさ、きっともう、長くはないよ。きっとトモ自身もわかってる。だからあたし、あいつとはさ、出来るだけ長い間、一緒に笑っていたいんだ」 私には、返す言葉が無かった。もう長くはない、14歳でそんな現実を突きつけられて、それでも笑っていられる2人が、たまらなく切なくて、永く連れ添った老夫婦みたいに、神々しく見えた。 「あいつが笑わなくなっちゃったらさ、その時は、あいつ、ホントに壊れちゃうんだ。きっと、トモはトモでなくなっちゃって、あたしのことも、マシロのことも、ここでこうして笑ったことも、みんな忘れちゃって・・・だから・・・言えないよ、酒をやめろなんてさ・・・」 「・・・リカは・・・トモのことが、好きなんだね・・・」 「・・・ああ、好きだ・・・」 「トモも・・・」 「ああ・・・きっとな」 「うん・・・」 リカはそれ以上、泣かなかった。 照れくさそうに小さく笑って、壁にもたれて、目を閉じた。 「悪かったな、せっかく来てもらったのに、こんなに重くなっちまって」 「ううん、全然悪くない。私、何かうまく言えないけど、でも、すっごい素敵だよ。リカとトモって」 「そうか?」「うん!」 本当に、素敵だと思った。何だかとても、叫びたいような、走りたいような、そんな気分で、私は窓を大きく開いた。トモが帰ってくるまでに、この空気を入れ替えたいと思った。 窓から顔を出し、ビールを大きくあおり、炭酸の刺激に顔をしかめた。窓枠に缶を乗せると、隣にリカが缶を並べてきた。2人ならんで、外を見つめる。足元には、いつもの公園。トイレも藤棚もシュート板も、上からみれば、なんてちっぽけだ。 「・・・タネあかし、わかったか?」「?・・・あっ!」 そうか、トモはいつも、ここから公園を見てたんだ。私が完璧に隠したつもりのラケットも、上から見ていたトモにだけは、丸見えだったんだ。 足元の道を、トモが両手に袋をぶら下げて走っていた。 「あのバカ、何そんなに買い込みやがった・・・」 「トモ〜、早くおいで〜っ!」私が手を振って叫ぶと、トモは気付いて、走りながら、大きく両手を上げる。その笑顔が、底抜けに明るくて。まもなく、階段を駆け上がる音が大きく響いて、トモが帰ってきた。 「ただいま〜!」 「よ、おつかれ!何だよ、ずいぶん買ったなあ」 「へへっ、今日はお客さんが来てるからね、特別サービスだよ」 言いながら、どんどんと袋の中身をちゃぶ台に並べていく。でもそれは、とてもお酒のおつまみと呼べるものではなくて・・・ 「トモ、お前なあ、ピクニックじゃねえんだぞ」 「いいじゃねえか、いろいろあった方が楽しいだろ?」 「あたしは"いちご大福"じゃあ、ビールは飲めない」「そうかあ?」 「なんだよ、飲むヨーグルトって、ツマミに飲み物買ってどうすんだよ」 「ああもう、ゴチャゴチャうるさいなあ、だったらリカは食べなきゃいいだろ」 「誰も食べないなんていってないだろ」 「いいですよ〜だ、俺はマシロと2人で食べるもんね〜」「ね〜」 「なんだよ、マシロまでそっちの味方かよ」「え、だって、なんかおいしそう」 「ホラ!やっぱわかる人にはわかるんだよ」「はいはい、そうですかそうですか」 楽しかった。トモが笑って、リカが笑って、連られて私まで笑って。リカの言ってたことが、少しだけ、わかった気がした。 今の2人にとって、一番大事なこと。いろいろ難しいことや、悲しいことはあるけど、笑顔を失っちゃ、ダメなんだって。 そのピクニックは、夕方まで続いた。ビールはすっかりなくなって、食べる物はまだまだあって、笑い声はますます大きくなって、時計は地球儀みたいにぐるぐると回った。 「ゴメン・・・私、そろそろ帰らなくちゃ」「え、もう帰っちゃうの?」 「うん、私、お母さん、待ってるし、学校帰りだし、あまり遅くなると・・・」 「なんで〜、まだいいじゃんよ〜」「トモ、マシロが困ってるだろ」「でもお・・・」 「マシロ、気をつけて帰れよ、お前もすこし酔ってるからな」 「大丈夫だと思うけど・・・」と言ってるそばから、靴を履こうとしてよろけて、リカに支えられてしまった。 「ほらみろ、危ねえなあ」「だね」 「マシロ、またこいよな」 「うん、とりあえず、明日は上からでも見つからない場所に隠すからね」 「それはそれで楽しみなんだけど、でも、その必要はないよな、トモ?」「そだね」 「どういうこと?」 「マシロ、明日からさ、ラケット、この家に置いていいぞ。朝ここに置いて、帰りに取りにくればいい」 「いいの? 朝とか、迷惑じゃない?」 「大丈夫、カギなんて、いつもかけてないしさ、寝てたら寝てたで、勝手に置いてっていいんだから」 「うん、じゃあそうする!ありがとう!」ついに見つけた、最高の隠し場所だ。 「じゃあ、リカ、トモ、ごちそうさま、また明日ね」 「ああ、またな」「ばいば〜い!」 帰り道、何だか、とても足どりが軽かった。すごく楽しかったから、それとも、お酒のせいかな。 自分ではそんなに変わった気はしないけど、リカは酔ってるって言ってた。 家に帰って、お母さんにただいまと告げる。なんか楽しそうねって言われた。 夕飯を作って、お風呂に入って、なんだか眠くなって、すぐに寝てしまった。 朝になると、テーブルの上に、昨日(たぶん)私が作った夕飯が残っていた。 チーズ入り親子丼、キムチとこんにゃくのからし酢味噌和え。 お母さんの丼は、3分の1だけ減っていて、あいつのは、一口も減っていなかった。 結局、私は酔っていたのだ。 なぜだか少しだけ自分に腹が立って、それから一人でこっそり笑った。 つづく |