「Sweet Lovesongs on LIPSTICK」  〜 Chapter1 真白編 〜

   9 朝からカキフライ!

私がそっとドアノブを回すと、確かにカギはかかっていなかった。
なんて無用心な家なんだろう。
2台並んだベッドの上で、大きな女と、小さな男が、それぞれ眠っている。
私は玄関にそっとラケットを置き、起こさないように、静かにドアを閉めた。
部屋の中から鳴り響く、小さな目覚し時計の音。
断続的な音は、徐々に大きくなり、やがてけたたましい連続音へと変わる。
時間、7時50分、そういえばリカはバイトをしていると言っていた。
「これって、まずいんじゃないかな・・・」
引き返し、再びドアをゆっくり開くと、トモが身を起こしていた。
声をかけようと近づく、まだ半分寝ぼけて、うつろな目をぱちぱちさせている。
「トモ、おはよ、ねえ、これってリカの目覚まし?」
「・・・・・・う〜ん・・・?、あ・・・」
だめだこりゃ・・・仕方がないので、リカのベッドの方に回り込み、揺り動かしてみる。
「リカ、ねえ、目覚まし鳴ってるよ、起きなくていいの?」
「・・・ダメ、あたし・・・、ホント、カキフライは・・・勘弁・・・」
カキフライ?!なんのこっちゃ。
「あれ・・・マシロだ・・・おはよ〜・・・」後ろから、トモの声がした。
「おはよトモ、どうしたの?ヒドイ顔して、二日酔い?」
「二日・・・ん〜・・・」
と、指を折りはじめて・・・どうやら、両手じゃ足りないらしい・・・。
「トモ〜、もういいいよ〜」
「へへっ、なんかもう、わかんないや・・・」
「ねえトモ、リカって、こんなに寝起き悪いの?」
「ん〜、ああ、リカねえ、大変だよ〜、特に飲んだ次の日は・・・」
トモは他人事のようにつぶやいて、フラフラと立ち上がってトイレに入ってしまう。
そんなことを言ってる場合じゃないよ、きっと。リカはこの時間に目覚ましをかけていたわけだし、仕事に遅れちゃったら大変でしょ。そして私自身も、もうあまり時間がないのだし。
「リカ! ねえリカ! 朝だよ、時間だよ!」
「・・・朝・・・、ああ、朝でございますか、それはそれは・・・ご丁寧にどうも・・・」
「なに寝ぼけてんのよ、8時だよ、時間じゃないの?!」
「8時・・・8時?!」
「リカ、おはよ、もう8時だよ」
「8時って、そりゃマズイよ!」「そうよ、あたしだってマズイよ!」
どこにそんな力が眠っていたのだろう。布団もろとも、リカは跳ね起きた。その爆音に、家中が一斉に目覚める。ようやく、朝のまどろんだ空気が動き出した。
リカの髪が2倍くらいに爆発している、栗をのせたら、モンブランにでもなりそうだ。寝起きの頭痛に顔をしかめながら、転がるようにトイレのドアを開く。でも、中にはトモが入っているんだけど・・・。
「うわっ?! なんだよ!」
「トモ、ちょっと代われ、急いでる!」
「今ウンコしてんの! 代われるかよ、そんな急に」
「そんなもの止めろよ! 男だろ?!」
「止まらねえよ、だいたい、ウンコに男も女もあるか!」
・・・呆れてモノも言えない。
さっさと学校に行こう。こんなのが理由で遅刻なんて、絶対にイヤ。
「じゃあ、あたし行くね」
「あ、マシロ、ちょっと待ってくれ」
「なに? トイレ急いでるんじゃないの?」
「あのさ、マシロ」そう言って、リカが小声で話し掛ける。
「お前、今日戻るの、あたしより早いよな」
「う〜ん・・・学校は半日だから、たぶんそうなると思うけど」
「戻ったらさ、できるだけ、トモの相手してやってくれないかな。あいつ、一人になると、飲みすぎちゃうみたいだからさ」
「あ、そうなんだ・・・、うん、そういうことなら・・・」
「リカ〜!、ほら、空いたぞ〜!」「おお、悪いな!」
「頼むな、あたしも、夕方には戻るから」
「うん、わかった。じゃあ、私そろそろ、遅刻しちゃうから」
「ああ、悪いな」「全然!」
「トモ〜、行ってくるね〜! お昼頃、また来るから!」
「いってらっしゃ〜い!」
2人に見送られて、アパートを出る。うん、なんか悪くない。
公園の前の通りを走りながら、アパートを見上げる。トモが大きく手を振っていた。
私も大きく手を振り返して、駅へと駆けていく。
なんか最近、走ってばかりだ。
でもなんか、きっとこれは、悪くない走りだ。
きっと誰でも、理由もないのに、走ったりはしない。
ゴールには、何かわくわくするものがあって、みんなそれがあるから、走るんだ。
マラソン選手のゴールには、表彰台があって、
ライオンの目線の先には、逃げ惑う獲物がいて、
スポーツクラブのおばちゃんの前には、体重計が待っていてくれる。
そういえば、子供って、いつも走ってる。
きっと、毎日が、わくわくの連続なんだろうな。
一人でいる時間は、短い方がいい。
トモが飲みすぎちゃう気持ちも、今ならわかりそうな気がする。
できるだけ長く、リカたちといて、できるだけ早く、育美たちに会いたい。
鳴り響く靴音、はためくスカート、カバンのマスコット、チリチリと鈴の音。
みんな、走る私についてくる。私のリズムでわくわくしてる。
うん、いい感じ、いい感じだな。

   つづく
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